「ご、ごめんなさい。為末社長の彼女さんの悪口を言うつもりはなかったんです」
普段、自分に非があっても謝らないママが謝っている。美しい男の前だとママは従順。きっと、為末社長が帰った後に、私に愚痴を言って苛立ちをぶつけるだろう。
「彼女ではありません。俺の完全な片想いです」
「「⋯⋯えっ?」」
私は思わずママと声が揃ってしまった。今、対外的には為末社長が梨子姉さんの恋人だと思われている。でも、子供の私から見ても梨子姉さんが好きなのはドクター雄也。為末社長との関係はビジネスカップルなのではないかと、薄々気づいていた。
「これ、オフレコで! 絶対ブログには書かないでくださいね」
手を合わせてウィンクする為末社長。
私から見ても一撃必殺に可愛い。ママもキュン死している。
「はい、書きません」
「あと、桃香ネタもブログには無しでお願いします」
「えっ? でも⋯⋯」
「無しでお願いします」
今度はにっこり笑顔を向けてくる為末社長。
「はい」
母は胸に手を当てながら頷いていた。
私が今までブログに私のことを書かないでと言ってもママを怒らせるだけだった。今回の学校の件だって、ママが運動会の写真やら載せたせいでバレている。町田先生に他の保護者からもクレームが来ているから、ママに警告しておいて欲しいと言われていた。町田先生自身、ママに逆ギレされるのが嫌で私に頼んでいる。私もママが怖くて何も言えない。それを、為末社長が解決してくれた。
「でも、良いですね。美人だと、こんな若い優良物件から思われるなんて⋯⋯」
ママの言葉を選ばないところが苦手。人に対して優良物件とかモノ扱いなんて失礼だ。中学生の私でも分かることが、ママには分からない。
「梨田きらりより、桃香の方がモテると思いますよ。ルックスも、桃香の方が男受けします」
「そうなんですか?」
「だから、整形なんてしたら勿体ないですよ」
為末社長が改めて、整形をしないようママを説得してくれた。きっと、彼は私の気持ちを見透かしている。
「それに、オフレコですけれど、梨田きらりは美人で得するあざとい振る舞いのできない哀れな女です」
「えっ? どういう事ですか?」
「俺みたいな良い男を袖にする癖に、クソみたいな男に貢いでたんですよ。あげく二股かけられて職まで失って、絶望的に男を見る目がないんです」
「ふふっ、そうなんですね」
ママが嬉しそうに笑っている。人の不幸を笑うとは酷い話だが、梨子姉さんへの嫉妬心が消えたようだ。
「長居してしまってすみません。桃香を連れていきますね。今日はこれからイベントがあります。帰りも遅いですし安全も考え今日から新しい住居に住んで貰おうと思います」
「あっ、はい⋯⋯高級マンションですよね」
「学校も変わるので、手続きとかの関係でまたご連絡させてください」
「為末社長から私に連絡が来るんですか?」
嬉しそうな母に為末社長が頷く。
私は為末社長に連れられ、送迎車に乗った。というかいつもの送迎車ではなく、リムジンだ。ふかふかのソファーに体が沈んで、何だか楽しい。為末社長がワイングラスにジュースを入れて渡してくれた。口をつけると甘い桃の味が広がる。私の為に用意してくれたジュースだと分かり感動した。
「あの、色々ありがとうございます」
「なんで桃香は嫌だって自分で言わないの? お前の母親酷いぞ。自分は働かないで娘に働かせて、あげく整形?」
私は母が働いていないことが知られていて恥ずかしくなった。為末社長は不思議な人だ。私も苺もりんごも彼の前では本音を話してしまう。彼は最初から懐に入り込んできて、まるで同級生のように接して来た。実際は誰もが知る大企業の社長で私の倍も生きている人だ。凄い人なのに、全く凄ぶらない。そして、私の悲惨な状況を嘲笑しないでくれるだけでなく同情もしてないのが分かる。客観的に事情を観察して、問題点を指摘して来る。
「私にはママしかいないから⋯⋯ママは私を産んだせいで将来の夢を奪われて、落ち込んでいるから働けなくて⋯⋯」
私が話した家の事情に為末社長は頭を抱える。ママも夜職で働いていた時期があった。でも、近所の人にバレてしまい嘲笑の的となりやめてしまった。メディアでは稼いでいるキャバ嬢が成功者のように持て囃されているが、現実は違う。職業に貴賎はなくても、稼ぎ方には貴賎がある。マにはそれが分からない。それが分からない人間が住むにはキツイ地域に無理して住んでいるのはママの自分を除け者扱いした田舎への意地。ママはお金を稼ぐ人と、ルックスが良い人が最上位。出来婚して田舎にはいられなくて、都会に出てきたママ。田舎ではルックスが良いだけでチヤホヤされたらしいが、東京はルックスも知性も家柄も持った人がゴロゴロいる。母は都営のアパート済みで港区住所を自慢しているが、私は周りがお金持ちの子ばかりで辛かった。
ママは「昔はモテた」が口癖で、非常にプライドが高い。プライドを削ってまで仕事をしようとは思わない人だ。私は小学6年生からアイドルをして性的対象として見られてきた。ママは自分を守るのに、私のことは守ってくれない事に悲sを感じていた。無職で生活保護で暮らしていた方が風当たりはキツくなかった。学歴、中卒のママにできる仕事なんて限られている。ママは実家からも勘当されていて、母子手当や生活保護などあらゆる行政の支援を受けて暮らしていた。私はアイドルを始めた頃からスマホを持たせてもらえるようになった。色々調べてると世の中には私より不幸な子が沢山いる。私は自分より不幸な子を小さな画面を通して探しては頑張る力に変えてきた。トー横に行かなくて良いのはママがいるから。上を見たらキリがなくて自分の悲しみを埋めるために下を見続けた。周りから働いていない母親を指摘されて乞食みたいだと笑われても、色々な公共の手当は母がいないと受けられない。
「桃香、母親捨てないとお前の人生めちゃくちゃにされるぞ。」
為末社長の言いたい事は幼い私でも分かっている。でも、13歳の私に母親を捨てて何ができるというのか。
「分かってます。でも、じゃあどうすれば良いんですか!?」
「自分の人生は自分で決めなきゃ、アイドル辞めたきゃ辞めても良いしやりたい事をやれ。このままじゃ、絶対に後悔する。これ以上、母親を嫌いになりたくないだろ?」
私がママを嫌いとは為末社長には一言も言っていない。でも、本当はママが嫌い。常識もなくて、自分は頑張らないのに、私にばかり頑張らせる。直ぐに怒って喚き散らすのも恥ずかしい。
「⋯⋯アイドルは確かに私の夢じゃないけれど、来年9月までの『フルーティーズ』は続けたいです。私、苺もりんごも梨子姉さんも大好きなんです」
私の言葉に為末社長がにっこり笑う。
「じゃあ、がっつり稼がせてやるよ。今、中学一年生か⋯⋯。パティシエはどれくらい本気でなりたいの?」
「実は夢って言える程、何も努力してないです。でも、ケーキ屋さんを将来開けたら素敵だなって、よく妄想しています」
「イメージトレーニングしてるじゃん。立派な夢だろ。よし決めた。来年の9月9日終過ぎたら、桃香はフランスに留学しろ! 費用は俺が出す!」
「ええっ? フランス語なんてやったことないですけど」
「出来るだろ。やりたくもないアイドルを母親の為にここまで本気でやって来たお前なら⋯⋯」
私は為末社長が私をママから逃がそうとしているのだと理解した。沢山稼いでもママにお金を無心されるのは目に見えている。パパには会った事ないし、ママ曰くクズ。今まで目を逸らしていたけれど、ママも十分クズ。私を金を稼ぐ道具としか見ていない。
「でも、フランス留学なんてお金が掛かるんじゃ。どうして、為末社長は私の為にそんなことまで?」
私の問い掛けに為末社長はニヤリと笑った。