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第64話 パパだったら良いなって思いました。(桃香視点)

「俺がきらりと上手くいくように、後押ししてくれない? アドバイスとかくれると助かるんだけど」


 私は一瞬聞き間違いかと思った。恋愛マスターのような見た目の男が私のような恋愛未経験の子供に助言を求めている。それ程までに、彼は梨子姉さんに本気で、そして梨子姉さんが全く振り向かず手詰まりとも言える。


「そんなのいくらでも! 思うんですけど完璧で自信に溢れた姿より、弱みやダメなところ見せると梨子姉さんは母性本能をくすぐられると思うんです」


 私は必死に頭を回転させ、梨子姉さんの特性を思い出していた。苺とりんごと私が必要以上に彼女の前で年相応の子供らしく振る舞うのは彼女に可愛がられたいから。梨子姉さんは母性本能の塊のような人だ。夜な夜な私たちの為に自作の衣装を用意したり、振り付けを考えたり半端ない母性を感じた。先程、クズ男に梨子姉さんが貢いでた話を聞いたが、彼女はきっとダメンズに弱い。ダメンズで失敗したから、安全そうなドクター雄也に惹かれている。なんでも器用にこなすが故に遊んでそうに見える為末社長の弱みは逆に彼女を安心させる方向に働く。


「弱みを見せる? 母性本能をくすぐるか⋯⋯。その視点はなかった。やっぱ、桃香は観察力あるよな。いつも凄い良くい人を見てる」


 家でいつもママの顔色ばかり窺っているせいか、人の表情を見て感情を必死に想像する癖がついていた。人の顔色ばかり窺っているのを、そんな風に褒められるのは初めて。私は心に温かいものが流れ込んでくるのを感じた。


「ありがとうございます。あの⋯⋯フランスってどんな感じですか? パリ、ニース、ベルサイユ宮殿みたいな?」


「今の桃香、将来を想像して楽しくてしょうがないって顔してる。パティシエの修行するならパリかな。英語も勉強しておくんだぞ」

「も、もちろんです。私、今、初めて自分の将来が楽しみになってます」


 想像するだけで楽しい。勉強を頑張って、パティシエの修行をして日本に帰国してお店を出す。誕生日のケーキをオーダーメイドで承ったりして、近所の人にも愛されるお店が良い。


「出来るよ。桃香なら。来年9月に人気絶頂の中で辞めて伝説のアイドルになれ。そうしたら、帰国した時も店の宣伝がしやすくなる。桃香の頑張りは全部未来に繋がるよ」


 頭の中にママの夢を叶える為にアイドルを初めて辛かった思い出が走馬灯のように蘇る。なかなか人気が出なくて嘲笑されたり、嫌らしい言葉を投げかけられたり。


「私、パパに会ったことないんですけれど、為末社長みたいなパパだったら良いなって思いました」


 自然と出た言葉に為末社長が目を輝かせる。


「そういうセリフ、きらりの前で言って! なぜか、あいつ俺と付き合うのはギャンブルみたいな言い方してくるんだ。俺、本気できらりと結婚したいの。良いパパになりそうって宣伝しといて」


「はい! もちろんです」


 私は大好きな梨子姉さんには幸せになって欲しい。今までは私は梨子姉さんが好きそうなドクター雄也派だった。なぜなら、私から見ても為末社長は色気のある軽薄そうな見た目をしている。幸せになるならドクター雄也一択だと思っていた。でも、見た目と中身は必ずしも一致しない。これ程まで赤の他人の私の人生に寄り添ってくれた人は今までいなかった。


 たとえ、それが自分の恋を応援して欲しいという下心込みでもなかなか出来ない。為末社長は温かい人。きっと彼と愛し愛される未来は幸せ。私は御曹司林太郎派に鞍替えすることを決意しながら、残りの桃のジュースを喉に流し込んだ。


 オレンジランドに到着する頃には、夕陽が落ちかけていた。私が降りてきたのを確認するなり、梨子姉さんが駆け寄ってくる。苺とりんごも目を輝かせて走ってきた。私は3人とぎゅっと抱きしめ合った。こんな仲間が出来たという事が、私がアイドルをしてきた財産。


「心配掛けてごめんなさい。梨子姉さん、為末社長って本当に頼りになりますね。ママや学校の問題、私の悩みをを親身になって解決に導いてくれました」

「えっ? 為末社長が?」

 梨子姉さんが私の背中越しに為末社長を見たのが分かった。


「あんなパパがいたらいいなって思っちゃいました」

「えっ? 林太郎が!?」


 梨子姉さんは私の言葉に驚くあまり、距離を取るように社長呼びしてたのが名前呼びに戻っている。素直で単純な梨子姉さんには、子供の言う言葉もクリティカルヒットするようだ。


 私の小さなサポートが梨子姉さんを中心とした三角関係のバランスを大きく崩すとはこの時は思ってもみなかった。

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