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第65話 こんな制服私も着たかったなー。

 私達、『フルーティーズ』は、オレンジランドのイベントが終わるなり食事を済ませ、現在私の住居であるマンションに移動した。私の部屋だった場所からは私の荷物が出され、明らかに女の子3人の可愛い部屋が作られている。送迎車の中でこれからの話を林太郎からされたが、私はこの短時間になぜ彼がこんなことをしたのか未だ分からない。ただ、悲壮感漂う表情を浮かべていた桃香が楽しそうに笑っている。彼女が母親に連れ去られた時、どうして良いか分からなかった。私では桃香をどう笑顔にして良いか分からなかったから、今は林太郎に頼ろうと思った。


「今日から、11ヶ月間は苺とりんごと桃香はこの部屋に住むこと。俺ときらりが隣の部屋にいるから、食事はみんなで食べよう」


 3人娘が自分たちの部屋を見て、歓声を上げている。机にベッド、クローゼットの中には流行の服までセットしてある。


「私とりんごは学校変わらないんで良いんですよね」

「勿論、話はつけてあるから大丈夫だよ」


 2人とも隣の学区に住んでいるが、例外的にこの11ヶ月はこちらの住居から通う事を認められたらしい。学区ってガチガチの決まりかと思っていたが、昨今は個々の諸事情を考慮してくれるようだ。もっとも、この短時間で話をつけたのは林太郎が上手くやったからだろう。桃香だけは近くの私立の女子高に転校するらしい。受験した形跡もなければ、学費もどうするのか不明。


「為末社長、制服ありがとうございます。サイズぴったりだし、めちゃくちゃ可愛い!」

 桃香は早着替えでいつの間にか、可愛いベージュのブレザーの制服に着替えていた。リボンの色が自分で好きに選べるらしく、楽しそうに首元に合わせている。


「桃香可愛いー! こんな制服私も着たかったなー」

 思わず口に出てしまった。私は地域の公立中学だったので、ださいジャンパースカートの制服。


「大丈夫だよ。きらりの分も用意してるから?」

「えっ?」

 いや流石に聞き間違いだろう。私は疑問を胸にしまい、今言うべき事を主張した。


「私もこの部屋に住みます!」

「3LDKだから無理」


 バッサリと林太郎に切られる。確かに私の頂いていた部屋は3LDK。林太郎の部屋は何個部屋が分からない程広かった。だから、同じ部屋に住むことに「同棲みたい!」とか過剰反応するのは間違い。3人娘は目を輝かせていて新生活を楽しみにしているのが分かる。私も彼女たちと同じ頃、こんな夢のような部屋を仲良しグループで当てがわれたら同じような表情になっただろう。


「分かりました。為末社長⋯⋯。みんな今日はもう疲れてるから、もう寝るんだよ。私は隣の部屋にいるから何かあったら直ぐに呼んでね」


 3人娘に別れを告げ、林太郎の部屋に行く。扉が閉まる音が妙に大きく聞こえた。

「きらりの荷物、こっちに移動して置いたから」

「⋯⋯うん」


 何度もキスした男と一緒の空間に2人きり。緊張しているのは私だけのようだ。林太郎は嫌と言えば、無理強いしない。だから、別に男女2人が同じ空間に住むからと言って緊張しなくても良い。彼は私を好きだと表明しているけれど、それはまたいつひっくり返ってもおかしくない気持ち。林太郎に本気になったら絶対に苦しい思いをする。安全パイだと思ってた雅紀がキングオブクズだった事で私は臆病になっていた。石橋を叩いて渡って少しでもヒビが入ったら渡らない。危ないと感じる相手からは距離を置く。私はもう三十路だ。


「明日の朝は美味しい朝食を作ってあげたいですね。3人娘は何が好きなんでしょうね?」

「出されたものは何でも美味しく食べるくらいには良い子だよ。あの子たちは⋯⋯」

 林太郎の言う通りだ。人がしてくれた事には過剰なくらい喜びを示す3人娘。先程の部屋だって、急に引越しで驚いただろうに不満一つ漏らさなかった。あの子たちに比べて私はどうだろう。林太郎がセキュリティーを気にして用意してくれた部屋に文句ばかりつけていた。


 深呼吸して今まで嫌なヤツだった自分を反省する。突然の敬語、役職呼び。嫌な奴の極み。


「林太郎、色々考えてくれてありがとう。それと、ごめんね」


 明らかに私は感じの悪い女だった。私の為に気持ちを砕いてくれた彼に対して、「信用できない」といった気持ちをぶつけてしまった。他の人相手だと、ここまでの失礼な本音は言わない。でも、何もかも受け入れてくれるような気がして私は思うがままの気持ちを彼にぶつけていた。自分のストレスを人にぶつけて発散するような人間を軽蔑していたのに、私も同じような事をしていた。まるで思春期に親に反抗する子みたいだ。私も林太郎の行動に振り回されて来たが、彼だって私の態度に困惑しただろう。


「呼び方と敬語がなくなったから許す」

 林太郎が私を抱き寄せ唇を寄せて来た。

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