「それは、御免! 林太郎は挨拶感覚でしているのかもしれないけれど、私は好きな人としかキスしたくない」
「俺も挨拶感覚じゃなくて、きらりが大好きだからキスしたいんだけどな」
林太郎はいつものようにむくれるでもなく、傷ついたのを隠すように笑顔を作った。
「そうだ! ワインでも飲む?」
なんとなくお酒を飲むのは危険な気がした。林太郎に良いムードを作られ、酔った勢いで何かあったら取り返しがつかなくなる。それくらい彼はムーディーな雰囲気を作るのが上手い。
「飲まない。もう、お風呂入って寝たい」
「一緒にお風呂に入らないで良いから、一緒に寝てくれない?」
私は林太郎がいつになく可愛らしくお願いしてくる言葉が自然に頭に入って来ない。
(一緒にお風呂に入るなんて考えられないけれど、一緒に寝る?)
「いや、一緒に寝るって同じベッドで? 流石にそれは⋯⋯。この部屋って沢山部屋あるよね。別の部屋でできれば寝たいんだけど」
私はできれば、以前宿泊した部屋で寝たい。一緒のベッドで眠るなんて考えられない。
「⋯⋯実は最近、悪夢を見るんだ。本当に怖くて1人で眠れる気がしないんだ。何もしないよ。ただ、側にいてくれるだけで安心するから」
思いもよらない言葉と、林太郎のいつになく弱った表情に胸が締め付けられる。
「悪夢って、何かあったの?」
「⋯⋯悪夢を見ない日なんてないよ」
林太郎は何か大きな悩みを抱えているのかもしれない。そして、それを私には話したくないと言う事だろう。彼はプライドが高い。いつも強気の彼がこれ程に弱みを見せている。きっと余程の事だし、私を信頼して頼りにしている証拠。これだけ色々してもらっておいて、彼の申し出を断るなんて人ではない。
「大丈夫だよ。林太郎。何も言わなくて良いから一緒に寝よ」
私は彼を軽く抱き寄せて、サラサラの髪を撫でた。
「ありがとう。きらり、大好き」
林太郎がキュッと私を抱きしめてくる。体が密着してドキッとした。
「制服、本当にきらりが着たいならサイズ用意してあるよ」
「いやいや、着ないわ。私が着たらコスプレでしょ」
「コスプレしたら笑われる? 俺の前だけなら良いじゃん。やって見たいことやっちゃいなよ」
耳元で囁かれ心臓の鼓動が強くなる。学生の頃なら着て見たかもしれないが、流石に今制服を着た自分自身を見るのは私自身怖い。
「着ない⋯⋯。流石に。それにしても、桃香の転校ってどうやって」
「編入枠を使っただけだよ。うちの祖母が理事やっている学校なんだ。女子とわちゃわちゃやりたい桃香が楽しめそうで良いと思う」
私は桃香が女子とわちゃわちゃやりたいタイプだと初めて知った。でも、思い起こすと苺やりんごとお喋りしている時の彼女は本当に楽しそうだ。
「えっと、学費とかは?」
桃香が裕福な家庭の子には見えない。
「俺のポケットマネーだから心配しないで」
林太郎はなぜ桃香にそこまでするのだろう。
ノブレスオブリージュというヤツなのだろうか。
彼の資産も思考も私の理解を超えているので、考えるだけ無駄。
私は気がつけば、林太郎に手を引かれ寝室まで移動していた。
「寝巻きに着替える? 制服に着替える?」
今日の林太郎は少し変だ。いつもの完璧で少し高圧的な態度は身を潜め、首を傾げて可愛く聞いてくる。正直、女の私より可愛い。
「⋯⋯寝巻きで」
私は戸惑いながらも脳を働かせ、正解の解答を導き出した。