「また、先に起きられなかった⋯⋯」
私は旅館のような朝食を前に肩を落とす。林太郎はそんな私を嬉しそうに見つめていた。程なくしてインターホンが鳴り、スクリーンには3人娘が映っていた。苺とりんごは紺のセーラー服に身を包んで、桃香は新しい制服を着ている。まだ、7時前なのに3人ともしっかりしている。
「私も着替えて来る!」慌てて、段ボールを開けてシャツにパンツスーツを着る。再びダイニングに戻った時には、みんな着席していた。
「おはよう。今日から新生活だね」
「梨子姉さんも、同棲生活はどうですか?」
りんごに言われた言葉に動揺する。
「ど、同棲ではないよ。美味しそうな食事! やっぱり、冬はブリよね。林太郎、明日こそは私が食事作るからね」
「別にどっちが作っても良いじゃん。きらりはどうでも良い事に拘るよね」
「⋯⋯」
食事をどちらが作るかといった家事分担。世間の共働きのカップルが揉めるネタの一つ。
(いやいや、私たちはカップルじゃないし⋯⋯)
私は慌てて席について手を合わせた。林太郎は和食も上手に作れるらしい。本当に万能な人だ。
「この食事、為末社長が作ったんですか? こんな旦那さんいたら素敵だろうな」
桃香が手を合わせて食事を始める。
「旦那さんって、桃香って結婚願望あったの?」
りんごが驚いたような顔をしている。中学生が結婚について話している方が私にとっては驚きだ。
「私は特に結婚願望はないけれど、為末社長みたいな人とだったら素敵な家庭が作れそうと思っただけだよ」
桃香がにっこり笑いながら林太郎を見つめ、彼も笑い返す。桃香は私にはない可愛らしさに溢れた子。私はなぜか胸がチクリと痛んだ。2人は11歳も歳の差があり恋など始まらないはず。でも、15歳くらい離れた人同士でも結婚する人はいる。林太郎は恋に年齢など関係ないような事を言っていた。
私は自分が雄也さんが好きだという自覚があるはずなのに、林太郎が他の人に恋をするのは嫌だと感じている。この感情は嫉妬だ。私は人は人、自分は自分と考えられる人間だと自負していた。それなのに、今17歳も年下の子に嫉妬している。好きな人がいるのに林太郎の気持ちまで欲しいと思っている自分が情けなくも恥ずかしい。
「そうだね。確かに林太郎は素敵な人だ。これからも、私達『フルーティーズ』を宜しくね」
自分の気持ちがよく分からない。私は自分が思っている程、一途な人間ではないのかもしれない。
「きらりが望んでくれるなら、末長くお世話してあげる」
ニッコリ笑って林太郎が、美味しい混ぜご飯のおかわりをつけてくれる。
「梨子姉さん、めちゃくちゃ食べるんですね。細いから、もっと食事に気を遣っているのかと思ってました」
りんごの指摘に私は動揺してしまった。よく食べ、よく動く。私は体育会系の女。
「いっぱい、食べる女性はどうですか? 為末社長!」
桃香が手をマイクのようにして、林太郎に差し出してくる。本当に仕草一つとっても桃香は可愛い。私にこういったキュンな振る舞いはできない。
「大好きです!」
林太郎が私に満面の笑顔で言って来る。
「⋯⋯ありがとう」
私はおかわりした混ぜご飯を食べながら、今日は二杯程度で止めておこうと思った。
リビングで付けっぱなしになっていたテレビから流れて来たニュースに皆の箸が止まる。
「えっ? 友永社長が逮捕?」
「当然でしょ、悪いことしたんだから」
私も3人娘も動揺する中、平然としている林太郎。昨晩、悪夢が怖いと言って寄り添ってきた男と同一人物とは思えない。友永社長の逮捕の一報と同時に『ベジタブルズ』のメンバーも売春容疑でニュースになっていた。ちなみに友永社長は脱税していたらしい。練習室はボロボロなのに社長室は高価な調度品やパターゴルフがあったり、アンバランスさは感じていた。散々な環境でアイドルを酷使した挙句、法外な違約金を取ろうとしたり友永社長が金に汚い人だとは思っていた。彼が売春斡旋で逮捕になったのかと思えば、まさかの脱税。誰かが国税に通報したのかもしれない。
「⋯⋯小松菜子、本名、飯田薫子17歳じゃなくて27歳だったんだね。自分もしっかりアラサーじゃん。というか、高校の文集の写真出てるけど、思いっきり整形だね」
りんごが呆れたように肩をすくめる。27歳、十分自分で自分のことに責任を取るべき年齢。同情の余地はない。
「嫌だなー。私たちも枕営業とかしてるって思われたから。薄々気がついてたけど、『ベジタブルズ』がうちらより妙に推されてたのって枕やりまくってたからだよね」
「それは大丈夫だよ。安心して」
苺が頭を抱えながら言った言葉に、林太郎が答える。私は、普段、純粋にカイコ・デ・オレイユへの夢をキラキラな瞳で語る彼女が、非常に冷めたうんざりしたような目をしているのに釘付けになってしまった。
「整形疑惑も嫌。私、元からこの顔だわ。アイドルやってると、整形噂されるけれど元から平行二重ですから!」
「大丈夫、りんごが元から可愛い画像はネットで出回ってるよ」
りんごが不安を吐露していると、林太郎がすかさずフォローする。
「あんな事があったけれど、一緒の事務所でやってきた子達がこんな風になるのは悲しいね。ちゃんと、立ち直ってくれると良いな」
桃香が呟いた一言を聞いて、林太郎が桃香の手を慰めるようにポンポンと叩いた。桃香は歳の割に大人な子だ。こんな時も自分よりも人のことをまず考える優しい気持ちも持っている。桃香と林太郎がお似合いに見えてきて、胸が痛くなる。17歳も年下の子に嫉妬している自分が痛すぎて苦しくなった。