某ミュージシャンが、ある日突然現れたおじさんが自分達を売ってくれたと言っていた。
芸能界で売れるのは運の要素が大きい。後発の『ベジタブルズ』に売上で劣っていた『フルーティーズ』。蜜柑が抜けてからは、ますます失速していた。
中途半端なら辞めて部活に専念しようかと思っていた矢先、梨子姉さんが加入。
誰が見ても分かりやすい美人のお姉さん。製薬会社で勤めていたらしい彼女が連れてきた才能の塊ルナさん。そして、明らかに梨子姉さんを落とす為に金を使いまくる為末社長。
今、『フルーティーズ』は絶好調。『バシルーラ』は悪徳事務所だったようで給与を殆どとられていたが、今私達は普通のサラリーマンの3倍は稼いでいる。
桃香は転校することで野次馬問題を解決したようだが、私は新たな問題を抱えていた。
今、私は部活を休む事が増え、陸上部の女子から無視をされている。女子達が集まって顧問に私がレギュラーであることに抗議したとも聞いた。走り高跳びの記録でレギュラーを決めれば当然私。休んでばかりの私が大会だけ出るのは面白く無いらしい。
「今日もアイドル活動?」
帰り支度をしてると、同じ部活の葛西紗耶が話しかけてくる。
「何? 無視はやめたの? そんなに大会出たいんだったら文句ばっか言ってないで結果出せば良いじゃん」
私の言葉に紗耶がワナワナし震え出す。
「相変わらず、性格悪!? テレビでは良い子ぶりっ子してるだけだって皆んなに言いふらしてやる。有名人だからって偉そうに! どうせ『ベジタブルズ』みたいに枕してるんでしょ」
「そんな事実はないよ。誹謗中傷で訴えられたい? そうしたら、紗耶もある意味有名人になれるかもね」
気が強い私は大抵のことは自分で言い返す。
それでも年頃の私にとって、枕疑惑を掛けられるのは非常に嫌だった。
『フルーティーズ』の躍進が素晴らし過ぎての嫉妬。頭では分かっていても、散々頑張ってきたのをオッサンに体売って成り上がっていると思われるのは最悪。モヤモヤを抱えながら、私はパスポートセンターに向かった。
「為末社長、ありがとうございます」
苺と桃香は既に集合していた。そして、忙しい時間の合間をぬって為末社長が私達のお助けに来ている。
「カイコ・デ・オレイユ、見に行けるなんて夢見たいです」
苺の頭の中はカイコ・デ・オレイユの事でいっぱい。テレビでちょろっとみたパフォーマンスで見張れて、神格化して崇めてる。
「為末社長、梨子姉さんいい感じで、意識し始めてますね」
「俺もそう思う。ラスベガス旅行で確実に落とすぞ」
桃香と為末社長の会話を聞いて納得した。今、対外的には彼と付き合っている事になっている梨子姉さん。しかし、実際、彼女の気持ちは渋谷ドクターにある事は見ていれば分かる。
そこで、為末社長は恋愛禁止のアイドルを仕事で関わり、理由をつけて住居を共にし落とそうという訳だ。来年の9月までは、真面目な梨子姉さんは渋谷ドクターとは会わないだろう。
年末年始ラスベガスという旅行案も実に巧妙。ハワイだと年末年始を過ごす芸能人は撮られる。
為末社長は財力という自分の武器を最大限に使ってる。
(なんか、フェアじゃない。モヤモヤする)
「週末はルルポート豊洲でイベントするぞ」
「良いアイディアだと思います。豊洲はキッズランドあるしファミリー客多いから、梨子姉さんに結婚を意識させられますね」
桃香は為末社長に魂を売ってしまったようだ。確かに制服の可愛い私立の学費まで出してもらってたら使い魔にでもなんでもなるだろう。
「『フルーティーズ』が子供達の憧れになる日も近そうだな」
為末社長か私の心のモヤモヤを見抜いてるかのように視線を向けてくる。もしかしたら、彼は私の悩みも見抜いてるかもしれない。ロリコンオジサンばかりに囲まれているイメージではなく、子供に愛される清廉な立ち位置を求めてるのは確かだ。
スマホが震えてメッセージが届いたのを知らせてくる。
『紗耶が新渋谷病院に運ばれた みちる』
短いメッセージは、私と違い短距離専門なので無視グループに入ってなかった沢田みちる。
「すみません、私、急用を思い出したので失礼します」
「パスポートの手続きは終わってるし、後は1ヶ月後に受け取るだけだから大丈夫だけど⋯⋯」
私は為末社長に深く頭も下げ、その場を足早に去った。
電車を乗り継ぎ、急いで新渋谷総合病院に向かう。階段を一段跳びに駆け上る私を見て、「斎藤りんご? めちゃ足速い」と噂しているのが聞こえた。私はアイドルである前に陸上部のエースで走り高跳びの東京代表。沙耶達と部活動に励んでいた懐かしい記憶が蘇る。ほんの最近のことなのに、ずっと昔に感じるくらい今私は『フルーティーズ』の活動に専念している。
私を率先して無視するように周りに促していた紗耶をなぜこんなにも心配しているのか分からない。
病院の総合受付に駆け込む。そこそこ顔が売れているせいか、周りの視線が騒がしい。
「はぁ、はぁ、友達がここに運ばれたみたいで」
私は自分が自然に出てきた言葉に驚いていた。私は自分を散々無視してきた葛西紗耶をまだ友達だと思っている。友達というか同じ目標を目指して切磋琢磨した仲間だ。私にとって仲間といえば苺、桃香、梨子姉さんが一番に頭に浮かぶ。だけれども紗耶も確実に私の仲間だった。
「りんご?」
弱々しい聞き慣れた声に振り向くと、顧問の川島に連れられた紗耶と目があった。右足を引き摺る彼女はこの世の終わりのような顔をしている。
「斎藤りんご? こんなとこに来ちゃダメやろ。お前、有名人なのに⋯⋯」