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第76話 間接キスですね。

 林太郎との子作り未遂事件があってから、約1か月。私達は『フルーティーズ』はラスベガスに来ている。


 林太郎との関係はまたビジネスライクになっていた。

 ピラミッド型のホテルは予想外に中をくるっとくり抜いたような吹き抜け空間だった。薄暗くオレンジ色の不思議な空間。オーダーメイドの建築物。初めて見るような形のホテルにワクワクした。


「凄い、本当のピラミッドもこんな感じなのかなあ」

「きらり、ピラミッドも入った事ないの? その歳で? 人生経験少ないな。子供みたい」

 林太郎は恐らく私には1か月前子供扱いされたのを根に持っている。

(そういうとこが、本当に子供⋯⋯)

「私、林太郎と違ってセレブじゃないから」

 私と彼の険悪になった雰囲気を感じたように桃香が口を開く。

「為末社長、本当のピラミッドの中ってどんな感じなんですか?」

 素直に尋ねる桃香は可愛い。こういう子は間違いなくモテるし、本命になる。私がチャラく迫られるのは、やはり遊ばれてるのだろう。昔は私も可愛げがあった気がするが、年々なくなった。


「普通の狭い道。エジプトのギザのピラミッドとか有名だけど、中入ると暗くてあんまり見どころ感じないかな」

「林太郎らしい感想だね」

 私の言葉に林太郎は首を傾けている。彼はいつもどこか冷めた目で世の中を見ている。何かを見て感動する彼を想像できない。


「それにしても、年末年始の仕事のオファー全部断ってよかったんでしょうか?」

 りんごは非常に真面目な子だ。部活を辞めてから、ますますアイドル活動に本腰をいれている。


「これも、アイドルとしてステップアップする為の旅行なんだから、そんな肩肘張らずに刺激を受けて楽しんだら」


「はい」

「ふふっ、為末社長、私達のパパみたいですね。よし、気楽に楽しむぞ。9連休だ!」


 無邪気に笑う桃香を微笑みながら見つめる林太郎に胸がチクリと痛くなった。一緒に暮らしているのに、私は最近彼を笑顔をあまり見ていない。


 周りを見ると、本当に日本人が少ない。最近は外にいると常に見られている感覚があったので、誰も自分を見ていない環境は落ち着く。それぞれの部屋に荷物をおいて集合になった。


 お昼時だったのでバリ風のホテルでビュッフェをする。

 小さな街のお店風の場所から、様々な料理が提供されていた。

「なんか、別府で泊まったホテルと似てるかも」

 社員旅行で泊まったホテルのビュッフェと似ている。今思うと、ラララ製薬は社員旅行や社内運動会が残る古い体質の会社だった。

「どっちが、真似したと思う?」

「それは、別府?」

 正直、どちらが真似してようと私は全く気にならないが、林太郎はこの間と同じ質問をしてくる。

「これは欧米じゃ割とある定番のビュッフェスタイル。オリジナリティーがあると思われたものも良ければみんなが真似して定番になる」

「成程⋯⋯」

 私は謎のプレッシャーを感じながら、食事をとりに向かった。まるで後に定番になるようなオリジナリティーある振り付けを作れと言われているようだ。私は全くクリエイティブな人間ではないので、はっきり言って自信がない。


 ビュッフェで食べた後は、映画で見た噴水ショーを見て、サーカスを見て、海賊ショーを見た。カジノのイメージが強いラスベガスだが、フラフラしているだけで色んなショーを見られるのは流石エンタメの街だ。

 50センチくらいのグラスに長いストローでカラフルな飲み物を飲んでいる人達を見掛ける。


 私達は写真映えしそうなその飲み物に目をつけた。このラスベガス旅行はエンタメを学びに来た『フルーティーズ』として、公式サイトで公開予定だ。

「買い物してるとこ撮ってください」

 桃香は早速飲み物を選んで、購入している。彼女が英語を思いの外さらっと喋ってて驚いた。

「はい、よいアングルで撮れたよ。桃香、英語凄いね。まだ中1なのに」

 私達の時代と違い今は小学校から英語を勉強すると聞くか、初めての海外で自分の英語を使おうというメンタルが凄い。

「世界に羽ばたくべく絶賛外国語の勉強中です」

 桃香が照れ笑いを浮かべながらピンク色の液体を飲んでいる。

(桃か⋯⋯)

 明らかに写真を意識したチョイス。しかし、梨がない。

(黄色って事で、レモンで良いか)

 私はレモン味の飲み物を頼んだ。ストローを咥えた途端、広がるアルコールの味に固まる。

「ストップ! これ、アルコール入ってる」

 私の言葉に皆が目を瞬いている。

「アルコール入り買ったのきらりだけ。子供じゃないんだから、ちゃんと確認してから買えよ」


 林太郎の言葉に棘を感じる。他の子達の前で私の未熟さを指摘されるのは傷つく。そもそも、ストローで飲むものにアルコールが入ってるとは思っても見なかった。流石はシンシティーだ。


「はい! 俺のと交換してあげる」

差し出された林太郎の飲み物は私のモノと同じ色をしていた。

「同じに見えるけど」

「アルコール抜きにしてるから。流石に中学生の引率してるのに飲まないよ」

 私は林太郎の差し出した飲み物に口をつける。アルコールの味がしないレモンスカッシュ。

 林太郎が購入したのは私より後。私のミスに気がついていたのなら、教えてくれても良かったはずだ。


「為末社長と梨子姉さん間接キスですね」


桃香の言葉にズッコケそうになる。林太郎を見ると少し嬉しそうだ。流石に、間接キスが目的でワザとミスを指摘しなかったのではあるまい。それでは、まるで彼が私に恋する純情少年のようだ。

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