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第77話 今日だけ恋人という事で。

 私達は本日のメインイベント、カイコ・デ・オレイユを見に来た。席について待っている間、ピエロが観客を温めるのは他のサーカスと変わらない。


 念願のカイコ・デ・オレイユが見られるとあって苺は既にお祈りのポーズで見ている。

 そして、待ちに待ったショーが始まった。衣装や音楽など芸術性が高いのは理解する。

(⋯⋯でも⋯⋯)


 苺は涙を流しながら観覧していて、桃香とりんごも見入っていた。私はイマイチ入り込めない。チラリと右隣に座っている林太郎を見ると、あり得ないことに寝ていた。


 雅紀もプラネタリウムで寝た事はあったが、この熱狂で寝るなんてあり得ない。チケット代が勿体無いので、起こそうとしたら桃香に止められた。


「忙しい中、私達の予定とか考えてくれて多分寝てないんですよ」


 私は咄嗟に自分の行動を反省する。雅紀の時は全部私が手配をしてたのに、林太郎には完全頼ってしまっていた。自分が考えるより、彼が考えた方が上手くいく気がした。それ以上に、彼について行ってれば間違いないような感覚を覚えていた。


 私は自分がいつの間にか林太郎を頼りにしている事に驚く。


(にしても、美しいな顔だな⋯⋯)


私が林太郎の寝顔を見つめると、長いまつ毛に彩られた瞳がパチリと開いた。

「終わったか。じゃあ、夜も遅いしホテル戻るか」

「う、うん」

私は寝顔を見ていた事がバレてそうでアタフタする。

「なんか、掴めた?」

「えっと⋯⋯」


私は非常に困り果てていた。恐らく私はこの芸術性を受け取れる感受性を失っている。林太郎を何にも感動しなさそうと思っていたが、私も似たようなもの。


「私、歌詞が書きたいです。今、言葉が頭に溢れ出てる感じがするっす」

苺が目に涙を溜めながら語りかけてくる。

「じゃあ、今度の新曲は苺1人で書いてみたら?」

りんごの提案に苺が頷く。

「確かに、元々8割くらい苺が書いてたし良いかもね。任せるよ」

桃香の言葉に苺が「ありがとう」と、感謝している。


 ホテルに戻り、食事を済まして各々の部屋に戻る。

「じゃあ、もう夜遅いし時差ぼけもあるから明日の午前中はお休みな」

「はーい!」

確かに激しく眠く、私は部屋に戻りお風呂に入ると直ぐに眠りについた。

 スマホの着信音が聞こえる。時刻を見ると午前5時。

「はい、もしもし?」

「きらりさん? 朝早くすみません。雄也です。今出て来られますか?」

「はい?」

 思わず声が裏返る。私は雄也さんには会えないと伝えたはずだ。出て来いと言われても彼は私の泊まってるホテルさえ知らないはず⋯⋯。

「えっと、私、今、ラスベガスに来ていて」

「知ってます。ホテルの前に出てきてください。グランドキャニオンに行きましょう」

「は、はいっ」

なんだか頭が混乱しているが、雄也さんを待たせている気がする。私は慌てて着替えてホテルのエントランスに急いだ。


「きらりさん!」


 目の前にはジーンズ姿のカジュアルな雄也さんがいる。夢でも蜃気楼でもない。私をドキドキさせる良いお声からして本物。


「なんで、ここに?」

「実はりんごさんが、きらりさんの予定を教えてくれて秘密のデートをしたらどうかと提案してくれたんです」

「ええ?」

 りんごは私にそんな事を一言も言わなかった。

「だから、グランドキャニオン?」

雄也さんが私の言葉に頷く。確かに私はりんごの前でグランドキャニオンに行きたいと言った。

「きらりさん、ジーンズ姿もお似合いですね。凄く可愛いです」

「ありがとうございます。なんか雄也さんとリンクコーデみたいですね」

 雄也さんが私の言葉に微笑んで手を繋いで来る。示し合わせた訳でもないのに、2人揃ってジーンズを着てくるなんて運命を感じる。


 雄也さんの運転する車の助手席に乗り込むと、ますますカップルみたいで胸が高鳴った。車が発進する。夜と違って早朝のラスベガスは静かだ。

「雄也さん、ここまで移動してきて疲れてませんか? 運転には自信があるので私はいつでも交代できます」

「全然、きらりさんと会えたら疲れが吹っ飛びました」

「私も眠気が吹っ飛びました」

「朝早く起こしてしまって、すみません」

「⋯⋯いえ、起きてました⋯⋯よ」


 謎のミエを張る私に雄也さんが笑う。


「気を遣ってますか? そんな小学生みたいな嘘ついて笑わせないでください」


 なんだか不思議だ。林太郎に子供扱いされるとムカつくのに、雄也さんに子供扱いされるのはくすぐったい。


「私より雄也さんの方が嘘つきですよね。前も私と恋人だったとか言って騙してたし」


 私が記憶喪失だと思い、彼がついた嘘。私はあの時の雄也さんとの恋人同士のようなやり取りを思い出し顔が熱くなった。


「きらりさんが僕を嘘つきじゃ無くしてください」

 雄也さんの言葉の意味が分からない程馬鹿ではない。彼は私と本当の恋人になりたいと言っている。でも、私はアイドル。来年の引退までは恋愛はお休みすべきだ。


「ゆ、雄也。じゃあ、今日だけ恋人という事で」

 彼の名前を呼び捨てにしたら、妙に緊張し声が震える。

「恋人お試しから、本契約してもらえるように頑張るね。きらり」


 私と雄也さんのドキドキの秘密のデートが始まろうとしていた。私はりんごにそっとお礼のメッセージを送った。


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