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第78話 今からニューヨークに行くから、荷物纏めてきて。


「私、ヘリ乗るの初めて」

眼下に見えるグランドキャニオンの風景は写真で見たまんま。広大な大自然に自分の悩みなどちっぽけに思えてくる。

「きらりの初めてに立ち会えて良かった」

ヘリの音が思いの外煩くて、雄也さんはいつもより顔を近づけて大きい声で話す。


「動物とか居ないんですね。そして、観光客も思ったより少ない」

 有名な観光地だから人がたくさんいると思っていた。アイドルだから恋愛禁止。一部ではアラサーの私は特例で林太郎という恋人がいるとも思われている。そんな中、雄也さんと2人でいるところを見られるのは危険。しかし、そんな心配は杞憂だった。日本人どころか人が殆ど見当たらない。


「どんな動物がいると思ってたの?」

 唐突な雄也さんの質問に戸惑う。

(ラクダ? それは砂漠か⋯⋯)

「恐竜以外でしょうか?」


 自分の発言にドン引きした。今の状況が現実ではないみたいでドキドキして頭が回らなかったのだ。

 雄也さんは私の発言に笑いが止まらなくなっている。私は彼の笑顔を見て、出会った頃は彼の前では泣いてた自分を思い出した。雅紀の事でどん底だった私を、気にかけてくれた彼。私は間違いなく彼のお陰で立ち直った。


「雄也、ありがとう!」

「えっ?」

「ここに連れて来てくれて、会いに来てくれて、私と出会ってくれてありがとう!」

「こちらこそ」

私達はどちらからともなく唇を重ねた。

(ここには私達しかいないもんね。なんて、ロマンチック)

 ふと、前をみると操縦士かいる事に気がつく。

(操縦に夢中で気がついていないはず)


 私は夢心地だった。芸術に感動できないが、大自然にはまだ感動できる感受性が残っていたようだ。もしかしたら、雄也さんと一緒でリラックスしているのかもしれない。


 私は雄也さんとグランドキャニオンの壮大な岩山を眺めながら、もしかしたら彼と結婚して夫婦水入らずで旅行する日が来るかもしれないと思いを巡らせていた。


 ホテルに戻る頃には夕方になっていた。エントランスで雄也さんと別れる。彼は再びサンフランシスコに戻るらしい。多忙な中、時間を作って私に会いに来てくれた。私は自分が相手に合わせる恋愛しかして来なかったので、感動していた。


 エントランスロビーのソファーに真顔の林太郎が座っていて驚く。そう言えば、彼と出会った頃は、彼も私も笑顔だった。最近はめっきり彼の笑顔も見ていない。

 急に距離を詰められて戸惑う事もあり、私もわざと距離をとったりしている。一緒にいる時間は長いのに、どんどん距離が離れて行くみたいだ。


「⋯⋯きらり」

 林太郎が立ち上がり、思い詰めたような表情で近付いてくる。雄也さんとこっそりグランドキャニオンに行った事はりんごが伝えておいてくれたはずだ。


「ごめん。何か今日の午後、予定立ててくれていた?」

 昨日の無駄がない予定も全て彼が立ててくれていた。それなのに勝手に出掛けて、酷い事をしたかもしれない。


「⋯⋯」

「林太郎? ごめんね」

「今からニューヨークに行くから、荷物纏めてきて」

 彼はそういうと、自分はさっさと立ち去ってしまった。

「ニューヨーク? 何故」

 私は混乱しながらも部屋に荷物をまとめに急いだ。


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