ニューヨークでは為末家の別宅に、それぞれの部屋を用意して泊まった。
「うわー。凄い。部屋が沢山! リビングがホールみたい!
「別荘ってヤツですよね。為末社長って海外ドラマに出てくるようなセレブですね」
「広いですね。普段は誰も住んでないなんて勿体ないですね」
桃香、苺、りんごが口々に反応する中、俺はじっときららを見つめていた。
「住む世界が違うなあ」
消え入りそうな声で呟いたきらり。明らかにネガティブな意味で発せられた言葉にドキッとする。
出会った頃、アンチ御曹司の彼女に身元を隠し、事務所でポテトを食べてた。あの時のきらりはガードも緩く俺との距離も近かった。
「今日はもう移動で疲れてるから、もう、休もう。明日は昼間観光したら、夜はブロードウェイな」
俺はきらりを真夜中のデートに誘いたい気持ちを耐え部屋に戻る。やはり、一回友達に戻って距離を詰め直した方が良い。男として意識してもらおうと思う気持ちが先行しすぎて、きらりに完全に警戒されている。
翌日は自由の女神など自分的には退屈な観光地を案内する。そして、夜はブロードウェイミュージカルの鑑賞だ。
「あっ終わった?」
カイコ・デ・オレイユの時と同じように目を開けると、きらりの顔が間近にある。
(キスしようとしてた、わけじゃないよな)
自分に都合の良い妄想を頭を振って掻き消す。
「林太郎、自分が観たい演目を観たら? この間も寝てたし」
きらりに言われて困ってしまう。観たい演目などない。そもそもミュージカルに興味ないし、『シカゴ』は付き合いで何度か観た。
昨晩も徹夜で仕事をしてたし、椅子に座ったら眠ってしまっただけ。
「きらりや『フルーティーズ』の3人娘の勉強の為に来てるから」
きらりは納得いかなそうな顔をしていた。
「⋯⋯振り付けの参考に出来る部分はあったかも。言葉に合わせた印象に残る動きとか勉強になった」
なんだか申し訳ない気分になった。俺は彼女と海外旅行がしたかっただけで、さして彼女のクリエイティブな才能には期待していない。中学生のりんごだって俺の下心に気がついたのに、きらりは鈍感過ぎる。変な元カレと付き合ってたし、危なっかしい女だ。
「ありがとうございます。為末社長、こんな素晴らしい機会を私たちに下さった事、一生忘れません。私、本当に感動しました。
ミュージカルって本当に凄い。心が歌になって伝わってくるんです」
観劇を終えた苺は立ち上がり、涙を目に浮かべ手を叩きながら俺にお礼を言ってくる。
(この子も最近の子にしては純粋過ぎ⋯⋯)
急にきらりが俺の耳元に内緒話しようとしてくる。
(なっ何? 距離近い)
彼女の息遣いを耳に直に感じて緊張した。
一瞬、夜のお誘いかと思い緊張して息を呑む。
「殺人とか囚人とかナイトクラブの話とか平気だったかな? ライオンキングとかの方が良かったんじゃ」
予想外のきらりの言葉に、呆れてしまった。本日観劇した『シカゴ』は13歳から推奨。ライオンキングは小学生向け。きらりは『フルーティーズ』メンバーを子供扱いしてるが、彼女たちは大人の世界で稼いでいる。
「きらりはライオンキングのほうが良かったかもね」
「なんか、感じ悪い。林太郎、自分が子供扱いされたのまだ根に持ってるの?」
「えっ?」
きらりはふいっと俺から顔を逸らす。なんだか、どんどん彼女の中の俺の好感度が落ちている気がした。
なんの気なく言った俺の言葉が彼女を不快にさせている。
ふと、俺を見ているりんごと目が合った。
(まさか、ニューヨークにいる事を渋谷雄也に報告する気なんじゃ!?)
移動した方が良いかもしれない。サンフランシスコからニューヨークなんて距離はあれど便数も多い。
「夢と魔法の国とか行く?」
いっそ、夢と魔法の国で童心にかえって、きらりと距離を詰めた方が良いかもしれない。
「ファンタジーランドですか!?」
俺の言葉に桃香が反応する。
「なんで? そんな怖いとこ行くんだよ。行くわけないだろ」
ファンタジーランドといえばカリフォルニア。サンフランシスコとはご近所みたいなものだ。桃香は自分が失言したと思ったらしく困った顔をしている。流石に自分が咄嗟にした発言を後悔した。
「えっと、フロリダのファンタジーワールドですか?」
桃香が訂正して来た言葉に俺は頷いた。
「ちょっと待って、なんでそんな移動ばかりするの?」
きらりの言葉に渋谷雄也から逃亡中だとは答えられない。
「ファンタジーワールド、私は行ってみたいっす。なんか、見るもの全てが今、自分の栄養になっていく感覚があります!」
苺は目を輝かせる。彼女は扱いやすい。問題は⋯⋯。
「フロリダってここからどれくらい時間が掛かるんですか?」
「5時間くらいかな」
りんごの問いかけに答えた俺にきらりが口を挟んで来た。
「5時間? 遠いよー。みんな疲れちゃうよ。アメリカ横断ウルトラクイズでもするつもり?」
5時間のフライトなんて短い方。飛行機なんて寝てれば良いだけ。でも、きらりの感覚に俺は寄り添う。俺は自分の意見は曲げない主義だが、きらりにだけは譲歩できる。
「ボストン⋯⋯行かない? 俺が学生時代を過ごした街。ここからフライトで1時間くらいだし⋯⋯」
きらりに俺にもっと興味を持って欲しい。そんな願いは彼女に届かない。
「林太郎の青春時代には特にみんな興味ないと思うけど?」
きらりの何気ない言葉がナイフのように突き刺さる。彼女は本当に俺に興味がない。
「私、行きたいです。バハムート大学があるところですよね」
「うん、俺の母校⋯⋯」
きらりから掛けて貰いたかった言葉を桃香がかけてくれる。俺はきらりの母校とか見たいし、どんな学生時代を送ったか知りたい。彼女の全てを知りたいと思うのは俺が彼女を好きだから。きらりは俺の過去に興味がないのが途方もなく悲しい。
「私も行きたい! ロブスター食べたいし、メジャーリーグも観たいっす」
「ロブスターは美味しい店知ってるから連れて行からけど、野球はオフシーズン」
苺の言葉に俺はきらりとの野球デートを思い出した。あの時のきらりは本当に楽しそうだった。桃香は協力的だし、何でも感動する苺は扱いやすい。俺は渋谷雄也のスパイをしているりんごをチラリと見た。
「大企業の御曹司で超金持ちで、名門バハムート大卒って為末社長って別世界の人ですよね」
「本当にね。私から見ると宇宙人だよ」
りんごときらりのヒソヒソ話は俺の地獄耳に届く。このままでは、きらりとの距離が遠くなる。元カレもアホっぽかったし、庶民で抜けた男の方が彼女の気を引けるのかもしれない。