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第81話 引退したら付き合っても良いよね?(林太郎視点)

 俺たちは翌日にはボストンに向かった。俺は全く飛行機の移動が苦にならないが、きらりは違うのかもしれない。なんだか少し疲れた顔をしていて心配になる。


「ここにも別宅あるんですか? 為末家おかしくないですか? 豪邸建てまくってお金持ち過ぎ! ちゃんと社員に還元してます?」


 りんごが家に入るなり、疑問を投げかけてくる。別宅が世界各地にあるのは、うちの会社が世界展開しているのもあるが税金対策。そして、為末家の主な収入源は不動産。ファインドラッググループの社員の賃金を掠めてるような言われ方をされムカつく。


 しかし、中学生相手に対抗したり、膨大な資産を明かすときらりとの距離が離れそうで我慢する。


「この家は、俺、実際住んでいた事あるからね。ここから、学校通ってたし」

 住んでもない家を沢山持っている怪しい宇宙人と思われないようにフォローする。


「そうなんだ。林太郎の部屋はどこ?」

「案内する」

 唐突にきらりから部屋を聞かれる。俺は気がつけば彼女の手を引き2階への階段を上がっていた。


 部屋の扉を開けた途端手を振り払われる。


「広い部屋だね。見晴らしも良さそう。私たちの部屋も案内してくれる?」


 きらりはカーテンの掛かった大きな窓を見ただけ。見晴らしが良さそうとか言いながら、カーテンを開けて風景を見るつもりもない。さっさと階段を降りて3人娘の元に戻る彼女。俺は自分が相当警戒されてると悟った。


 翌日はボストン観光。ニューヨークに比べると刺激がない街だと思っていたが、きらりは楽しそうだった。


「緑もあって港もあって、静かで素敵な場所だね。ボストンってこんな場所だったんだ」


「気に入った?」

 俺の言葉にきらりが笑顔で返してくる。久しぶりに彼女の笑顔を向けられて涙が出そうな程に感動した。


「梨子姉さん。この銅像の足に触ると幸せになれるらしいっすよ」


 苺の呼び掛けに応じて、きらりがバハムート大学の銅像のところまで行く。観光客に擦られまくって、ピカピカになった足を擦る彼女。幸せは自分で掴むもの。今まで、迷信を信じて足を擦っている観光客を冷めた目で見ていた。でも、拝みながら足を擦る彼女を見て別の感情が湧き起こる。


⋯⋯俺が彼女を幸せにしたい。


 警戒されていて、遠くなってしまった彼女。それでも、距離を縮めたいと思い俺はその夜、皆が寝静まった後にきらりの部屋の扉を叩いた。


 扉を少しだけ開けて、きらりが顔を出す。


「きらり、警戒し過ぎ。別に押し倒したりしないよ。俺たちビジネスパートナーで友達だろ」

「⋯⋯」

 自分から自然に出てきた言葉に驚く。彼女の事、友達なんて思ったもないのに傷つくのが怖くて予防線を張っている。自信家の俺をここまで臆病にさせる彼女は何者なのだろう。地位も名誉もルックスも渋谷雄也に劣っているとは思えない。負けてるとしたら年齢くらいだ。


「リビングでちょっと話せない?」

「分かった」

 部屋から出てきたきらりが淡い黄色のパジャマを着ていて笑いそうになる。黄色は『フルーティーズ』の彼女のカラー。振り付けを考えるのに、気持ちを盛り上げる為に着たのだろう。


「そのパジャマ可愛い。梨柄じゃなくてレモン柄?」

「梨がなかったから、レモンでいいかなって思ってさ」

「プハッ」

 俺は思わず笑いを堪えきれず吹き出してしまった。

「やっと笑った。最近、林太郎、全然笑ってくれないから心配した。仕事忙しいの?」

 本当はめちゃくちゃ仕事が忙しい。でも、きらりといる時間の方が大切。

「そんなんじゃないよ。俺が笑うと嬉しい?」

「そりゃそうでしょう。笑って貰えるなら、ゴーヤ柄のパジャマでも着るよ」

 きらりは面白い女だ。俺を喜ばすのはゴーヤ柄のパジャマじゃなくて、セクシーネグリジェ。しかし、友達のフリをして距離を縮めると決めた以上、答えは教えない。


「じゃあ、また面白い柄のパジャマ着て笑わせて」

 きらりをリビングの白い革張りのソファーに座らす。彼女がじっと俺の動きを観察している。その目の追い方は俺を好きだからではなく、警戒しているから。

 俺は冷蔵庫から2本の瓶ビールを出し、栓を開けて彼女に1本差し出す。ビールという労働者階級の飲み物をラッパ飲みして庶民アビールをするつもりだ。

(成功するかな?)

 きらりがビールを受け取ろうとしなくて戸惑う。

「これ、サムエルアダムスっていうビールで、俺も学生時代に割と飲んでコクガあって美味しいと思うんだけど」

「私を酔わせて何かしようとしてない?」

「そんか事、友達にしないよ。自意識過剰なんじゃない?」

 自分が失言したと気がついた時には、きらりの顔が曇っていた。確かに1ヶ月前、ボジョレーヌーボを飲ませた時は下心があった。このまま既成事実を作ってしまおうとした。でも、今は純粋に彼女と仲良くしたくて一緒にお酒を飲もうと思っている。


 きらりはビールを受け取ると、一気に半分くらいまで飲んだ。


「友達だもんね。林太郎は友達に対して本当に親切だね。色々案内してくれてありがとう。良い振り付けが出来るか自信はないけど、一生の思い出になった」

 彼女にじっと見つめられ、心臓が高鳴る。

「きらりが行きたいところなら、何処でも連れてくよ」

「グランドキャニオン、勝手に行ってごめんね」

「渋谷雄也と行ったんだよね」

「⋯⋯うん」

 ビールを一気飲みしたせいか、渋谷雄也とのデートを思い出したのか彼女の頬がほんのり赤い。

「その反応。もしかして、ヘリに乗ってキスでもした?」

 俺は努めて明るく揶揄うように笑顔を作った。聞かなきゃいいのに、気になってしまい聞かずにはいられない?

「な、何で? 見てたの?」

 きらりが目を丸くして心底驚いている。聞かなきゃ良かった。彼女は本当に俺を惨めにさせる。旅行に連れて来たら抜け出して他の男とデートしてキスをしていた。悪気がなく酷い事をする。


「見てる訳ないじゃん。そんな覗き見の趣味ないし。渋谷雄也の事、好きなの?」


 聞かなきゃ良いのに余計な事を聞いて傷つこうとする俺はマゾかもしれない。彼女の口から敢えて聞かなくても分かっていた事だった。


「うん、好き。来年の9月までは、もう会わないって約束するから、引退したら付き合っても良いよね?」

「別にそんなの俺に許可取る必要ないよね。どうぞご自由に」


 あまりのショックに泣きそうで、ビールを飲み干すと早々と解散してしまった。

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