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第83話 『ソツオワ踊ってみました』


 春は別れと出会いの季節。桜が舞う4月、苺とりんごは中学3年生に桃香は中学2年生になった。

 私達の9月の卒業と共に発表された『卒業は始まりの終わり』はメガトン級にヒットした。分かり易い振り付けもあり、『ソツオワ踊ってみました』でハッシュタグをつけ動画を配信するのが流行した。


 オムツを卒業した未就園児から、タバコを卒業したサラリーマンにまで様々な人にヒット。


 私は兎も角、3人娘は学校に行く暇がない日々が続いている。三十路の私がアイドルをするのとは異なる崖っぷち感を感じていた。


 移動中、食事をする中、私は心配で仕方ない事を伝える。


「3人とも今月1回も学校に行ってないよね? 大丈夫?」


 苺とりんごは来年高校受験だ。欠席ばかりして勉強や内申が心配過ぎる。


「梨子姉さん、義務教育だから1度も学校行かなくても卒業できるんで安心してください」


 苺がサラダを口にかき込みながら話す。急いで食べてる姿はアイドルというより、草食恐竜のようだ。一歩外に出て人目にさらされると完璧に可愛いアイドルでいるのだから凄い。


「梨子姉さんのご心配は分かります。9月に引退してからでも受験勉強は出来ます。お金も稼げてるし、内申関係ない一発勝負の私立を受験しようかと思ってます」


 りんごの言葉に私は息を呑む。CM起用も増えてきて今月は1人300万円程の収入。稼いだお金を自分の高校の学費に当てようとまで考えている子に私が口出しできる事はない。


 仕事が終わり自分の部屋でゴロゴロしていると、玄関で物音がした。


「林太郎?」


 玄関まで小走りで行って、林太郎の鞄を受け取る。

「きらり、どうした? 新婚ごっこ?」

 唐突に掛けられた言葉に何故か照れてしまう。最近の私達はキスした事が遥か昔に感じるくらいカラッとした友人関係だ。


「実は相談したい事があって」

 私は林太郎におにぎりを出して、話を聞いてもらった。やはり、あと5ヶ月不登校状態が続くのが良いとは思えない。


「本人達の決定だから、きらりが心配しても意味ないよ」


 林太郎は偶に相談した事を後悔する。女性の相談というのは答えを求めているのではなく共感して欲しいだけというが私も同じだったようだ。バッサリ切られたのを寂しく感じる。


「はぁ、そうだね」

 不満そうな声をつい漏らしてしまう。友人に対しても気を遣う私が彼の前ではかなり自然体。そもそも、一緒に住んでいて多忙な中気を遣い続けるのは難しい。


「共感して欲しかった? でも、してやんない。実は三十路の自分より青春をアイドルに捧げている彼女達の方が崖っぷちを歩き続けているって気付けた?」

「そうだね。その通りだ」


 林太郎の指摘にドキッとする。まさにその通りだ。ティーンネージャーの過ごす時間を預かる責任を私は感じていた。


「来月から、5大都市と広島を回るツアーをするから」

「えっ? そんな事したら、ますます学校に行けなくなるよ」

「でも、場数を踏まないと武道館公演は失敗する」

 林太郎の言いたい事は理解できた。歌番組の歌番組やバラエティー、CM撮影はしても『フルーティーズ』は大きな箱で何曲も歌うコンサートの経験がない。


「5大都市に加えて、なんで広島?」

「広島会場を埋めるのは今の『フルーティーズ』では難しいから」

「ほかの都市は埋められるの!?」

「東京、大阪、名古屋、札幌に加えて福岡のマリンメッセも埋められるだろうね」

 福岡の土地勘がないから分からないが福岡のマリンメッセとは名前からして大きそうだ。そんな、何千人も私達をお金を出して観に来てくれる客がいるのか自信がない。


「もっと小さい箱がいいんじゃ。テレビや動画で観れるのに、お金出してわざわざ観に来るかな。スポーツ観戦ならともかく」


 私はミュージシャンのコンサートに行った事がない。何が起こるかわからないスポーツと違って、わざわざ生で聴きに行く必要を感じないからだ。


「きらりの価値観は広島の多くの人の価値観に似てる。広島は野球チームもあってサッカーもバスケも強い。スポーツのシーズン中に人を集めるのは遠征してくれるようなディープなファンがいるグループだけ」


 私の不安を林太郎が言語化する。急に売れた『フルーティーズ』。明らかにライトファンが多い。一時的な流行に乗るようにテレビ出演が増えているだけ。だから、遠征してまで来てくれるファンがいるようには見えない。


「5大都市は人口が多いから大丈夫って事だよね。広島はどうするの?」

 私の言葉に林太郎がニヤッと笑う。

「インバウンド客を取り込む。取り敢えず、ファインドラッグの上海進出記念キャンペーンで、抽選100組200名に『フルーティーズ』ライブを組み込んだ広島ツアーを出してるから安心しろ」

「それって、チケットはプレゼントだよね。赤字じゃない?」

「赤字じゃなくて、投資な。チケットを手に入れた人間が『フルーティーズ』を検索して踊り動画をあげれば、世界に『フルーティーズ』が広がる」


 広島はインバウンド客が多いと言うから、もしかしたら観光ついでにライブを観てくれる人がいるかもしれない。

「世界に広げる必要ある?」

「ないよ。『世界中でヒットしてるフルーティーズ』の称号が欲しいだけ」


 確かに『フルーティーズ』はアメリカでパフォーマーンスを学んで来たという称号と共に最近は活動している。


「グッズも売れるんじゃないかな。魔法ステッキ型サイリウムなんて如何にも日本ぽいしな」

「広島のどこでライブするの? 宮島とか?」

 私の言葉に林太郎が吹き出す。

「そんな世界遺産でやるわけないだろ。グリーンアリーナだよ。観光地や交通アクセスも良い場所だから安心しな」

「アリーナか⋯⋯」

 アリーナといえば横浜アリーナと埼玉アリーナしか分からないが、とにかく大きい施設を指す言葉だけは理解していた。

 私は全く安心できなかったが、林太郎が笑ってくれて嬉しかった。

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