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第9章 三十路アイドル、卒業します!

第86話 不倫でクビになったって炎上してます。


 福岡のマリンメッセでの公演は『フルーティーズ』のライブの中でも会心の出来だった。

「福岡公演大成功でしたね」

「次はとうとう武道館ですよー」

 桃香とりんごはライブの後で相変わらず興奮状態。


「私たち頑張ったね」

 私はここまでの皆の頑張りを噛み締めた。

 コンサートに関しては卒業コンサートである武道館を残すのみだ。


 林太郎が福岡はアイドルが応援する文化があるから安心して良いと広島で別れる時に言っていた。彼の言う通り、私は気持ちよくパフォーマンスが出来た。


「えっ?」

スマホをチェックしていた苺が声を出す。

「どうした?」

「⋯⋯梨子姉さんが前の会社不倫でクビになったって炎上してます」


  私の中で一瞬何を言われてるのか分からない。私は外も大騒ぎになっていると言う事で隠されるようにホテルに帰された。先程まで私を応援していてくれた人も今私を非難しているのだろうか。

 3人娘は東京に戻ったが、私は福岡のグランドハイアットに3日間潜伏していた。


  私が不倫したと言う話を週刊誌に売ったのは顔も覚えてない受付嬢。名前も、顔も隠し私の事を派手で奔放な女だと言いたい放題。

 卒業まで、あと1か月なのに最後に私がみんなの頑張りに泥を塗ってしまった。

 ホテルのインターホンが鳴る。恐る恐るのぞくと息を切らした林太郎がいた。私は慌てて扉を開ける。


「きらり、遅くなってごめん。さっき、柏崎ルナがコメント出したから、この騒ぎもおさまると思う」

 私を強く抱きしめながら言った彼の言葉に背筋が凍る。


「ルナさんに騒ぎの事伝えたの?」

「俺じゃない。自分で騒ぎを嗅ぎつけたか、渋谷雄也が伝えたんだろう」

 私はこの3日間インターネットもテレビも出来るだけ見ないようにしていた。少し見ただけで人格も私の全てを否定するような言葉の数々に殺されそうになったからだ。

 スマホでニュースサイトを検索したら、直ぐにルナさんのコメントを見つけられた。


『報道されているラララ製薬で梨田きらりさんを非難して大暴れした女は私です。事実関係も確認せず勝手な勘違いにより、彼女の職を奪いました。全ての罪は私にあり、梨田きらりさんが不倫をした事実はありません。柏崎ルナ』

 彼女はフランスで最近出産したばかりだ。夢とならない子育てに異国で奮闘する彼女に迷惑をかけた。そのままスマホをスクロールすると、心無いコメントが目に入る。

『柏崎ルナ、音楽の才能があるだけで人として最低。梨田きらりが可哀想』


『梨田きらりと柏崎ルナは利害関係があるから、この騒動も話題になる為の自作自演』


 居た堪れなくなった私がテレビをつけようと、リモコンに手を伸ばすと林太郎に手を掴まれた。

「きらり、外野の声なんか気にするな」

「無理だよ」

 私は林太郎のようなゴーイングマイウェイな人間とは違う。人の目ばかり気にするしょうもない人間だ。


 若い女性アナウンサーが、ラララ製薬の前で中継をしている。私は古巣にも迷惑を掛けたらしい。良い思い出ばかりではないけれど、会社で真面目に働く多くの同僚を知っている。

 アナウンサーが社員にインタビューしているが、皆、回答に困っているようだった。社員が何千人もいる会社で実際私と話した事ある人なんて一部だ。

『すみません。マイク貸してください』

 その時、女性アナウンサーのマイクを取り上げる懐かしい友人の姿を見た。


『私、梨田きらりの同期入社の間宮玲香と申します。カメラさん、首から下じゃなくて顔映して良いですよ』


 テレビの右上を見るとLiveの文字。カメラが玲香をズームする。


「梨田は不倫なんて絶対しない真面目な子です。私が保証します。柏崎ルナも自ら非難される事を恐れず過ちを公開するなんて若いのに関心な子ではないですか?」


「そうですね」


 マイクを逆に向けられたアナウンサーが戸惑いながら答える。アナウンサーに負けないくらい滑舌の良い玲香。

彼女は大人しそうに見えて気が強く曲った事、事なかれ主義が許せない性格。私と玲香はお互い外見と中身がチグハグだと笑い合っていた。


入社当時私が広報で、彼女は経理。会社は私達の見た目で配属を決定。

広報の活動は私にとっては負担で、入社したての頃は会社のトイレの鏡の前で何度も自分の喋り方や滑舌をチェックした。


周りが私のその姿を見て「自分の顔が大好きなナルシスト」、「私、広報になりました自慢」だとか陰口を言っていたのを知ってショックを受けた。


私が気落ちしている所に、「梨田さん努力家なところ好き。もっと、口をしっかり開けると滑舌良くなると思うよ」と玲香はアドバイスをしてくれた。

それが、私達の友情の始まり。



「では、カメラさん。ラララ製薬の中にお入りください。エントランスロビーは皆さんウェルカムです。ラララ製薬の主力商品も展示してますよ」

 玲香の誘導にカメラがラララ製薬の中に入っていく。


「今回、悪いのは受付嬢の三浦円香さんです。彼女、梨田と言葉も交わした事もないのに、ある事ない事を週刊誌に話したようですね」

 ドアップになったウェーブ髪の受付の子が必死に顔を隠す。ラララ製薬の受付は派遣でしょっちゅう変わるので私は顔を覚えていない。


「ちょっと映さないでよ」

「三浦さん、何の為に嘘で人を陥れたのですか? このタイミングで週刊誌に喋るなんてお金目当て? でも、残念。貴方、名誉毀損で訴えられますよ」


「私、知りません。何のことおっしゃっているんだか。ただの派遣です」


「怖いですね。彼女のような派遣を入れると会社の株価も下がります。人を嘘で陥れる趣味もおありのようです。三浦円香さんです。皆さん気をつけましょうね」


 マイクを女性アナウンサーに返した玲香はカメラに向かって手を振っていた。

(玲香⋯⋯)



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