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第87話 私はその『好き』に応えたい。

「きらりの友達凄いな。多分これ会社からめちゃ怒られるぞ。まあ、会社もクビにはしずらいだろうけど、居ずらくなるとか考えないのか」


 林太郎の言葉に玲香が心配になる。もし、今騒ぎになっていたら連絡したら迷惑だ。

 玲香は正義感の強い私の自慢の友達。私がピンチになっていると知り、いてもたってもいられなくて情報源を調べたのだろう。職場にいた頃は、気が強い彼女が上司に楯突いてトラブルを起こしたのを私がフォローしたりした。

 私達はそのように助け合ってラララ製薬のパワハラ、セクハラに立ち向かってきた。アイドルになってからは、全く彼女と連絡をとっていない。離れていても、私のピンチに動いてくれた彼女を思うと胸が詰まる。



「お礼のメッセージ送っておけば?」

「うん」

 私が玲香にお礼のメッセージを送ってると、林太郎が私の両肩に手を置いてきた。

(なっ、何?)


「きらり、この三浦円香って女が週刊誌に300万円でお前の不倫ネタを売ったのは確かだ。これから、どうする?」

「どうするって、もう三浦さんは社会的制裁は受けたんじゃ」

 全国ネットで顔が晒されたのだから、彼女は苦労するだろう。今回の騒動でラララ製薬の株価まで落ちてるのだから、当然派遣期間は更新されない。最も、ラララ製薬の受付は入れ替わりが激しく、彼女もそろそろ違う派遣先に移っていただろう。それでも、ここまで生放送で顔が知れ渡ってしまっては、次の仕事を見つけるのも大変そうだ。


「社会的制裁を受けた? だから? 三浦円香を名誉毀損で訴えて、損害賠償を請求するに決まってるだろう。この3日間でどれだけ損失が出たと思ってるんだ」

「いや、でも、派遣のこんな若い子に支払い能力なんてなさそうだし⋯⋯」

 林太郎が呆れたようにため息をつく。

(なっ何?)


「きらり、アイドル活動のストレス、今回の件もあって頭が働いてないのは分かる。でも会社のトップはそれじゃダメなんだ。お前が今考えるべきは『フルーティーズ』メンバーのこと」


 私は脳裏に3人娘との努力の日々が蘇る。危うくたった1人の悪意によって全てを台無しにされるところだった。被害を受けるのが私だけなら許せた。雅紀を勘違いクズに育てた責任もある。


「私、三浦円香を訴えるよ。一生かけて償わせてやる」


 私の決意の言葉に林太郎が微笑む。それで、三浦円香が追い込まれて最悪の選択をしても覚悟の上。私は自分の守るべきものを守る為に戦う。八方美人でお人好しの梨田きらりでは、悪意に溢れる世の中で戦えない。

 三浦円香が私を陥れようとした理由が、たかが300万円の為か私がよほど気にいらなかったのか分からない。でも、今考えるべきは彼女の気持ちではなく、私の不倫問題で動揺している3人娘の気持ち。


 この3日間も予定が詰まっていた。私の事を沢山尋ねられただろう。きっとただでさえストレスフルな毎日で、辛い思いをしているに違いない。

 私はもう一度、林太郎に抱きしめて欲しくなり手を伸ばした。


 すると、林太郎は私から一歩引く。避けられたようで混乱する。


「訴訟の準備しないとな」

「うん⋯⋯あのさ、林太郎。私、ここでイベントやりたい」


 私はホテルから見えるショッピングモールの舞台を見つめた。窓の外からご当地アイドルが踊っているのが連日見えた。その光景は3日間、私を苦しめたが今は羨ましい。


「えっと、キャナルシティーでイベント? もう、『フルーティーズ』はショッピングモールでイベントするレベルのグループじゃないんだけど⋯⋯」


 小さな舞台、買い物のついでに上の階から覗いていたお客様もいる。その中でご当地アイドルの応援に駆けつけて、間近に陣取り振り付けを真似しているファンもいた。



「分かってる。でも、私がこれだけ迷惑を掛けても応援にかけつけてくれるファンがいたら、私はその『好き』に応えたい」


 私の言葉に林太郎が息を呑むのが分かる。


「了解! 人が溢れて混乱すると思うけど、きらりがやりたいなら」

「ありがとう。何かあったら、助けてくれるでしょ」

「そりゃあ、友達だから」


  林太郎から優しく掛けられた言葉は私の心に傷をつけた。いつから、私は彼に友達以上のことを期待していたのだろう。

 彼と仲良い桃香に嫉妬していた時には既に男として彼を意識していた。

 苦しくて八つ当たりしてしまった時も受け止めてくれた彼をいつからか頼りにしていた。3日間、ずっと林太郎に抱きしめて貰って安心したかった。


「私、卒業したら社長業もっと頑張らなきゃね。先輩として色々教えてくれる?」

 今の私は管理者というよりプレーヤー。『果物屋』を実質運営してたのは林太郎といっても過言ではない。ずっと支えてくれた人。これからも一緒にいたい人。もう、彼は私の事を女として見てないかもしれないけれど、ちゃんと気持ちを伝えたい。


「もちろん」

「それから、卒業したら林太郎に言いたいことがある」

 私の言葉に林太郎が目を見開く。私は隙をついて彼の頬に軽くキスした。彼が頬を赤くして固まっている。

(まだ、少しは脈があるよね)

 臆病な私は、自分でも咄嗟に小っ恥ずかしい行動で確認してしまった。

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