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第88話 卒業したら、告白してみても良い?

 グランドハイアット博多のスイートルーム。私達『フルーティーズ』は集合した。

「「「梨子姉さん、会いたかったー」」」

りんご、苺、桃香の小柄な体を抱きしめる。

「みんなごめんね。3日間大変だったよね」


「梨子姉さんが謝る事じゃないですよ。私らだって、いつ真偽不明のネタで陥れられるか分かったもんじゃないですから」

「名誉毀損で訴えるんですよね。きっちり身ぐるみ剥がしてやりましょう」

「にしても、女の嫉妬は怖いですね」


 3人娘の声を聞いていると、幸せな気分になる。


「私に嫉妬するところなんてないのにね」

 700万円元カレに貢いで、仕事を辞めて今はアイドル。でも、自分の向いていない仕事とはこうも辛いのかと思う程にストレスを感じていた。ラララ製薬で働いていたのが、遥か昔に感じるくらい多忙を極めた。



「超美人で、イケメン御曹司が彼氏で、アイドルとして成功して嫉妬される要素しかないと思うっすよ」

 苺の言葉に首を傾げる。派手顔は苦労しかない上に林太郎は彼氏ではない。三十路の癖にアイドルやってる痛い女。実際の私は周囲の作ったアイドル梨子とは別人。


「私は梨子姉さんに嫉妬した事はないですよ。手先も器用で、運動神経抜群で、優しい憧れのお姉さんです」

 桃香の言葉にキュンとなる。この子は言葉選びが非常に上手い。


「私は桃香に嫉妬した事あるかな。私にはない可愛しさもあるし、歌も上手いし」


 桃香に嫉妬してしまった主な理由は流石に恥ずかしくて言えない。


 苺とりんごが私をじっと見ている。

「苺の作詞の才能にも嫉妬してるし、りんごの運動神経にも嫉妬してる」


「梨子姉さんも運動神経抜群じゃないですか」

「いや、流石に限界を感じてるよ。卒業したら灰になると思う」

 私の言葉に3人娘が和やかに笑う。


「私達って、当たり前だけど持って生まれたモノも得意な事も全然違う。お互い尊重してここまで来れたと思う」


「嫉妬よりもリスペクトですよね。卒業しても芸能活動はセーブしながら続けたいと思うんで宜しくお願いします。梨子社長」


 桃香は留学するがりんごと苺は芸能活動を継続する。


「その事なんですが、梨子社長。わたし、卒業したらシンガーソングライターになりたいっす」

「えっ? カイコ・デ・オレイユは?」

 あれ程、二言目にはカイコ・デ・オレイユと言っていた苺がまさかのシンガーソングライター?


「実は歌詞を書いてる時に、ルナさんの曲を聴き込んでいたら自分も曲作りたくなっちゃったんですよ」

 苺の言葉にりんごが口を挟む。

「夜中にギター練習してたよね」

私はフラフラで毎晩爆睡していたが、若い子は体力が凄い。

「夜中にギターの音なんて、しなかったけど」

「音の出ないギターに決まってるじゃないですか」

 私の疑問は何故か3人娘に笑われる。アイドルが向いてないと思いながらも、目標の為に走って来たのは私だけではなかった。『果物屋』は預かる子のやりたい事を応援するような事務所にしたい。


「梨子姉さんは卒業したら、為末社長と結婚するんですか?」

 桃香の質問に私に注目が集まる。

「私達はお気付きかもしれないけど、実は付き合ってなくて友達だよ」


 私が望んだ関係性なのに寂しく感じる。昨年末は雄也さんに恋をしていたはずなのに、今の私の心には林太郎が住んでいる。


「でも、梨子姉さんは為末社長の事好きですよね」

 りんごの発言に驚いたのは私だけ。苺も桃香も頷いていた。


「待って、私ってそんなに分かりやすい?」


「今誰を好きか矢印が見えるくらいには分かり易いかもしれません」

 桃香の言葉に冷やっとした。14歳の子が気付くのだから、林太郎は当然私の気持ちに気が付いていそうだ。一方、私は彼が何を考えているか分からなくて、右往左往している。


「卒業したら、告白してみても良い?」

「「「何で、許可取ろうとするんですか? 良いに決まってるじゃないですか」」」


 3人娘の声が揃う。私は昨年末のボストンで、林太郎に卒業したら雄也さんと付き合って良いか聞いた事を思い出していた。私はあの頃、雄也さんに恋をしていて林太郎の気持ちは全く考えていなかった。


 自分の視野狭窄っぷりにゾッとする。もしかしたら、林太郎を傷付けてたかもしれない。そして、恋人のように接してしまっていた雄也さんは私を待っていてくれているだろう。まさか、8ヶ月程度で心変わりするようなアホな女とは私自身も思っていなかった。


 私の気持ちが林太郎にバレてると思うと、彼と接するのに緊張した。しかし、彼は友達のように私に接し続けた。

 以前のように私を口説いてくる事もない。私の振る舞いに呆れて、私への気持ちは冷めたのかもしれない。流石に私が告白して、今の関係性も崩れてしまうのは嫌。一緒にいたいのに、彼から離れなくてはいけなくなる。


そんな風に思いながら、眠りにつく。


 部屋を開ける気配がする。

唇に温かい感触。私はこの感触を知っている。この部屋にいるのは林太郎と私だけ。目を開けたることはできないけれど、もう自分の気持ちに嘘はつけない。


 自分の振る舞いが、これ以上大切な人を傷つけないよう私は卒業を前に動く事にした。

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