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第96話 膝、汚い!

 為末家は想像以上の豪邸だった。そもそも、門からエントランスまで遠いので車移動。美しいイングリッシュガーデンを手入れする庭師達。


「綺麗なお庭だね」


「その感想だと嫌味言われるよ。うちの母のさは喋れば喋る程、相手を陥れるネタを探す人だから, むしろ皮肉った方が良いかも。あの人、パリコレとかも出てフランスかぶれの皮肉屋だしね」


 林太郎の言葉に震撼する。フランス人は皮肉屋で褒めないと聞くが、私に入場料を払って見るような庭をどう皮肉れと言うのか。そもそも、懸命に手入れをしている庭師達の仕事を褒めたい。


「私はありのままでお母様に接するよ」

「今日、母に会って心折れそうなら、次会うのは葬式でも俺は良いと思うよ」


 とんでも無いことをいう林太郎。それでも、この時の彼の言葉は私の事を思い遣って出て来たものだった。


 緊張の面持ちで扉が開くのを待つ。

「お帰りなさい。林太郎、おぼっちゃま」

 出て来たのは格好から察するに執事。ご両親に出迎えられる想像をしていた私は面を食らう。

私は戸惑いつつも舞台セットのように生活感のない豪邸を歩く。


吹き抜けの百平米以上あるリビングに案内されると、退屈そうな林太郎の父親と、私を睨みつける彼の母親がいた。

林太郎の父親はファインドラッググループの社長としてメディアに出ている時は気さくな印象だった。

彼の母親元モデルのMARIAは凛とした女性の憧れのような人だったはず。

2人とも私が画面越しでみた印象とは全く違う。


「父さん、母さん、連絡した通り、結婚したから。こちら、妻のきらりです」

 林太郎が面倒そうに私を紹介する。私が見た事ないような彼の姿に戸惑う。


この無機質で息苦しい特有の雰囲気は息がつまる。


「宜しかったら皆様で食べてください」

私は義理のご両親へのご挨拶の定番のチョコレートギフトの紙袋を彼の母親に差し出した。


彼の母親は無言で私の紙袋を受け取ると、大きな窓に向かってぶん投げる。

チョコレートが飛び散り、窓ガラスが汚れた。


「あら、汚れちゃったわ。拭いてくれる?」

「えっ?」

「きらりさん、貴方のせいで窓が汚れたの拭きなさい!」

私が呆然としていると、林太郎がメイドに指示を出してメイド達が窓掃除を始めた。


彼の父親をチラリと見れば、私たちの様子を気にするでもなくスマホでメッセージを送っている。


「私は年に1回、ショコラティエが丁寧に手作業で作ったチョコレートしか食べないの」

彼の母親がため息をつきながら言う。食べないなら食べないで、投げつける意味が分からない。私は隣にいる林太郎を覗き見た。

ため息をついている彼に絶望する。

(林太郎は庇ってくれないんだね⋯⋯)


「そうなんですか。気が利かずにすみません」

 1粒400円はする高級チョコレート。

 私からすれば十分高級品だが、それ以上の高価なチョコレートしか食べないという事だ。

モデルのMARIAは新潟の米農家から出てきた女神と言われていた気がする。


セレブになると、農家の娘なのに食べ物を無駄にするような嫌味な女いなるのだろうか。


「きらりさん、林太郎。とりあえず座って」

私は彼の父親に促されてソファーに座る。


「膝、汚い!」

私が座った途端、彼の母親から言われた言葉に固まった。

彼の母親は私が青春時代チアーリーディングに没頭し、膝に作った古傷を見つめている。


私は膝丈のスカートを伸ばし、サッと膝を隠す。

「高校の時、チアーリーディングで作ってしまった傷でして」

私の言葉を聞くなり、彼の母親、為末マリアは馬鹿にしたように笑った。


「応援団やってて怪我したの? 本当に昔から迷惑な人だったのね」

「えっ?」

 私は一瞬何を言われたのか理解できない。

自分が情熱を注いできた事を馬鹿にされているのだけは分かった。

隣の林太郎を見ると、彼の父親と同じようにスマホで仕事のメッセージを送っている。


(林太郎は、守ってくれないんだ⋯⋯)


「この傷は私の青春の証です」

仲間と必死に取り組んだから、日本代表になれて素敵な思い出が作れた。

「ふふっ、笑わせないで。私はモデルになる為に子供の頃から正座さえしなかったわ。きらりさんって行き当たりばったりで向上心がないのね。だから、アイドルなんて泥臭い仕事、恥ずかしくもなくできるのでしょう?」

為末マリア、若干20歳で頂点を極めて結婚して辞めた彼女は伝説のモデル。

彼女はモデルや女優としてトップに立っていた。

彼女の中でアイドルはその下にある職業のようだ。彼女はさっきからマウントをしきりに私にとってきている。


「アイドルって恥ずかしいですか? 今、目の前で嫌味ばかり言っている義母様の方がよっぽど恥ずかしいと思いますけれど」

 私の言葉に、空気が固まったのが分かった。

私だけならば、彼女のストレスの捌け口としてサンドバッグにされるのは構わない。

しかし、アイドルは私達『フルーティーズ』が全力を捧げていた仕事。

こんな意地悪ばあさんに汚されたくはない。


割と空気を読みニコニコする私も、言いたい事を言う事にした。

全国ネットに晒されても、私を守る為に顔出しした間宮玲香。

私も自分と3人娘の誇りを守る為に戦う。


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