「きらりさん、貴方、誰に向かって口を聞いているの? 運よく為末家に入り込んだだろうけれど、貴方なんて本来なら愛人止まりの女でしょ」
私は為末マリアの言葉に少なからず傷ついていた。
愛人顔は私にとってコンプレックスだ。
林太郎をチラリと覗き見ても、彼は一向にスマホから目を離さない。
(仕事の連絡。今、隣にいる私はどうでも良いんだね)
「結婚のご挨拶が遅れたことは謝らせてください」
「いいのよ。別に。林太郎が飽きるまでの女でしょうから。貴方程度の女じゃ、うちの林太郎は直ぐに飽きるでしょう」
為末マリアが隣に座っている、自分の夫に寄りかかる。
彼女の夫は呆れたようにため息をついた。
彼女は既に全盛期の輝きを失い飽きられている。
それに気がつかないふりをしている彼女を少し哀れに思った時だった。
「いやいや、きらりさんは凄いよ。ジパング大学なんて三流大学を出てるのにラララ製薬みたいな一流企業に入って、アラサーでアイドルでトップになったんだからね」
彼の父親の言葉は私を咎めている。
「確かに、凄いよな。きらりは」
愛おしそうに私を見つめる林太郎。
ジパング大学は林太郎の行ったバハムート大学から比べれば三流かもしれない。
それでも、こんなふうに馬鹿にされる覚えはない。
彼の母親にも私の過去を馬鹿にされ、父親と彼自身にも馬鹿にされた。
「私が飽きられるまで? ご冗談を。私はもう林太郎さんに飽きました。離婚します。もう、関わることもないでしょう」
私の言葉に林太郎が目を見開くのが分かった。
彼は私を攻略したとでも思っていたのだろう。
だったら、この命尽きるまで胸にある彼への気持ちを継続させて欲しかった。
こんなに馬鹿にされて、この家族の一員になりたいとは思わない。
私自身、林太郎に失望していた。
『心から自分を愛してくれる人、どんな時も自分の味方になってくれる人と結婚しなさい』
私と同じように派手顔であるが為に、軽い男から言い寄られまくった母が私に伝え続けた言葉。
私が結婚相手に求めるたった2つの条件。
林太郎はその2つを満たしていない。
雅紀のように私を騙し続けようとしてくれさえしてくれない。
まるで、人間扱いされていないようだ。
ゲームの攻略キャラくらいにしか、林太郎に思われなかったのだろう。
(こんな男いらないわ)
立ち上がった途端、揶揄うような為末マリアの言葉を浴びせられる。
「いいのー? ここで、離婚したら慰謝料も財産分与もないわよ」
「いりませんよ。贅沢なんて1日で飽きますよね。お金とか、見た目とか、なんの価値があるんですか? 私はこの家の価値観とは合わないようです」
私の言葉にショックを受けたように林太郎が固まっているのが見えた。
私は彼を一瞥すると、背を向けて部屋を出る。
(好きにならなきゃ良かった。結婚なんかしなきゃ良かった)
靴を履いて玄関を出たところで、私達の婚姻届にサインしてくれた運転手の涼宮さんと目が合った。
「きらりさん、お帰りですか? 林太郎ぼっちゃまは?」
「涼宮さん、すみません。私達、離婚します」
私の言葉に涼宮さんが目を見開くと、私の後ろを見るのが分かった。
振り向くと息を切らして、私を追ってきた林太郎がいる。
「きらり、何で? 俺に飽きたってどういうこと?」
なぜ、彼は今頃焦ったような顔をしているのだろう。
私が彼の母親から責められている時、守ってくれず傍観していた男。
私が愛人止まりの女と言われても、否定もしてくれなかった。
「林太郎は私にとって、友達止まりの男だったよ。離婚しよう」
「離婚なんてしない! 何で? 一緒にいて楽しくなかった? 体の相性もバッチリだったじゃん」
林太郎は珍しく周りが見えていなく必死に見えた。
体の相性と言われても、私は雅紀と彼しか知らないからよく分からない。
彼には比較対象できる女が沢山いるのだろう。
私が離れてくと思って焦ってる彼は、攻略したはずの女が離れていくのが納得できないだけにしか見えない。
「心の相性は最悪だよ。林太郎と家庭を作るイメージなんて湧かない」
「俺の母親が苦手なら、俺、家族と縁を切るから」
彼は何を言っているのだろう。家族と縁を切るなど同族企業の後継者の彼には無理。
不可能な事を言って私を惑わす彼が憎らしい。
どうせ馬鹿な私なんていくらでも落とせると思っているのだろう。
彼みたいなチャラい男がゲームのように私を落とそうとしてくるのに沢山嫌な思いをして来た。
もう、彼の気まぐれなゲームに付き合うつもりはない。
「私が一番無理なのは、林太郎だよ。私が貴方は私が結婚相手に求める最低条件の二つとも満たしてない」
「それって、何? 条件を満たすように努力するよ」
「努力? もう遅いよ。私が責められてるのに、傍観してたよね。どんな時も味方になってくれる人が良いの!」
私の言葉に林太郎が顔を顰めた。