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第98話 離婚なんてしたくない!

「俺はきらりの味方だよ。ただ、うちの母親って何言っても無駄っていうか⋯⋯」

林太郎の言い訳にイライラする。親子なのに何を言っても無駄なんて理解できない。

それならば、他人の私は何もできない。


「もう、無理だよ。林太郎と一緒の未来が描けないの。私、実家に帰る。離婚に向けて話し合いする気になったら連絡して」

「離婚なんてしたくない! 俺はきらりが好きだ! だから、絶対別れたくない」

 必死に私の腕を掴みながら縋ってくる林太郎の言葉が心の奥に届かない。


「貴方が私を好きなようには全然見えない。林太郎は何を考えているのか分からなくて怖い⋯⋯」

私の言葉に林太郎が傷ついたような顔をする。


「好きだよ。愛してる。信じてもらえるまで何度も伝えるよ。俺が満たしてないもう一つの条件って何?」

林太郎の目が潤み出す。結婚して一週間で離婚するのはプライドが許せないのだ。女優でも抜群の演技力を誇ったMARIAの息子だ。私を繋ぎ止める為に演技するくらい容易いだろう。

 私は彼の行動も表情も全て悪意にしか捉えられないようになっていた。



「そんなの自分で考えなよ。超一流大学出てるんでしょ」

「もしかして、うちの父がきらりの卒業した大学を三流って言ったのも嫌だった? あれは、きらりの事を褒めたかっただけなんだ。父なりに母の地雷を踏まないようにきらりをフォローしたんだと思うんだけど」


 為末マリアの地雷なんて知らない。

ただ、人の卒業した大学を「三流」呼ばわりできる上から目線が嫌。


「林太郎も同調してたよね。相変わらず上から目線。私、貴方のそういう所、前から嫌いだった。私達、もう、友達にも戻れないね。さようなら」

 私は呆然としたような表情を浮かべる彼を残して、私は門に向かって歩き出した。

私がこれ程、他人に攻撃的な言葉を向けるのは初めてだ。


 私の後を追ってくるように黒いリムジンが止まる。

 中から慌てたように涼宮さんが出てきた。


「お送り致します」

「大丈夫です。1人で帰れます」

「敷地を出るのに30分以上歩きますよ」

「門のところまで送ってくれると助かります」

 私は涼宮さんに為末家の門まで車で送ってもらうと、横浜の実家に戻った。


 横浜らしく坂の上にある周囲に紛れる一般的な戸建。

家が見えてくるなり、林太郎とは住む世界が違ったと思えてくる。



 実家に戻ると、母が目を輝かせて出迎えてきた。

「きらり、結婚おめでとう。雅紀君のことがあって辛かったと思うけど、やっと幸せになれるね」

 私は一週間前に為末林太郎と結婚すると母にメールをしたきりになっていた。

怒涛の一週間だった。一週間前、卒業コンサートで林太郎と両思いになれてキスを交わしたのが遥か昔のようだ。


「お母さん、ごめん。私、離婚する」

「へっ? とりあえず、中入って。何があったか話そうか」

 母は相当驚いたのかリビングに続く扉に頭をぶつけていた。


「お母さん、大丈夫?」

「私は大丈夫。きらりの方が大丈夫じゃないんじゃない?」

「う、うん。大丈夫じゃないかも⋯⋯」

この年になって信じられないくらい涙が出た。

卒業コンサートでも涙を流さなかった私は何がそんなに悲しいのだろう。


 本当は分かっている。

 私は林太郎が私をゲームのように落としただけで、愛してなんかくれてなかった事が悲しい。

好きな人が責められていたら味方になってくれるはずだ。雄也さんは初対面の私が雅紀に傷つけられていた時も味方になり守ってくれた。


それに比べて、自分の親に責められている私を傍観していた林太郎は私を本当は愛してなんかいない。

 きっと、私はまだ林太郎への気持ちを消せていないから苦しいのだろう。

 それでも別れようと思うのは、本当に彼との未来を描けないから。


「まあ、これでも飲んで。実は、こないだお父さんと上海旅行に行ってきたのよ。上海でも『フルーティーズ』のポスターが飾ってあって、鼻が高かったわ」

 リビングの淡い水色のソファーに座った私に母が出してくれたのは、花茶。

 お湯を入れると、ゆっくりと蕾がはな開くように広がる美しいお茶。

「ジャスミンティー? 美味しそう」

 私は母が淹れてくれたジャスミンティーに口をつける。私は林太郎が前に私にジャスミンティーを淹れてくれたのを思い出した。


「子宮の収縮を促す効果があるから、妊婦は飲まない方が良いってガイドさんが言ってたけど、その可能性はないわよね?」

「ないに決まってるじゃん。離婚を考えてるのに」

 私は思わずカップを置いた。

新婚旅行もとい新婚合宿でハネムーンベイビーができた可能性はゼロではない。

(あの時は、結婚生活を継続するつもりだったから⋯⋯)


「きらりが離婚を考えるなんて、よっぽどの事があったのよね?」

「⋯⋯うん」

 私は話すのを戸惑った。結婚して一週間で離婚を考えるなんて無計画にも程がある。

母は私の話を聞いて呆れるかもしれない。それでも、話さない訳にはいかない。


私が話した一連の出来事を聞くなり、母の顔色が変わっていった。

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