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第102話 弱さを見せて母性本能をくすぐるんです。(桃香視点)

 私は今、ファインドラッグインターナショナルの社長室に来ている。

 為末社長に連絡をすると、話がしたいと呼び出されたのだ。


 清潔感のある白い布張りのソファーに座ると、秘書の男性の方が冷たいお茶と和栗のモンブランを出してくれた。

「為末は只今参りますので少々お待ちください。」


 和栗のモンブランを一口食べようとした時、扉が突然開いた。

心なしか顔色の悪い為末社長が部屋の中に入ってくるなり、私の向かいのソファーに腰掛ける。


「桃香、お待たせ」

「為末社長、一週間ぶりです。秘書の方男性なんですね」

「女は色気づいて、近付いてきて面倒だから⋯⋯」

「分かる気がします」


 大企業の社長でイケメン。何もかも持っている彼の秘書になったら女は色気を出すだろう。

『女』を使って成り上がろうとする人間に辟易している彼。

だからこそ、梨子姉さんのような自然体の人に惹かれてしまった。


「桃香、俺、もう、きらりに飽きられたらしい」

「飽きられた? それ、梨子姉さんが本当に言った言葉ですか?」


優しい梨子姉さんが言った言葉とは思えないキツイ一言。

アイドルを辞めてストレスフリーになったはずなのに、梨子姉さんは一体何が気に食わなかったのか。


「新婚旅行から帰って、実家の親に会わせたんだ」

 為末社長は一連の出来事を話して来た。彼は何が悪かったのか本当に分かっていない。


おそらく、梨子姉さんが嫌な思いしないように、親との対面を避けていた事も彼女には通じていない。

為末社長は私とは違い、誰が見ても恵まれた家庭に育った人。


 お金持ちの家庭に育っても私と同じ毒親に悩みを抱えているのが彼だ。


 梨子姉さんが優しい親に育てられただろう事は明白。


 私達『フルーティーズ』の衣装を手作りしてくれた時には感動した。

きっと、幼稚園のお遊戯会とかで親の手作りの服を着て踊ったりした子だったのだろう。

曲がお下がりだなんて可哀想だと、ルナさんに曲の依頼をし振り付けまで考えてくれた。


上履きまでお下がりを使っていた私はお下がりに抵抗はない。

きっと、梨子姉さんは幼い頃から新品のお洋服を買い与えられて来たのだろう。


 梨子姉さんが、結婚相手の親に挨拶したいと言ったのは普通のこと。


 私がこの先、好きな人ができて親に挨拶したいと言われたら戸惑う。

ママになんて絶対合わせられない。全部台無しになってしまうのが目に見えている。


「一生、自分の親に合わせないなんて可能なんでしょうか?」

私は今後の自分の為にも、彼に尋ねた。


「えっ? 大丈夫だろ。何でいつまでも親に縛られなきゃいけないの? 会社を継いでやっただけで十分親孝行はしたよ。きらりとうちの母親、やっぱり会わせなきゃよかったな」

「どういう事ですか?」

「完全に地雷なんだよ。うちの母親。兄も母に嫁を傷つけられたって怒って、家とは距離とってる」


 為末社長が頭を抱える。彼の母親と言えば、昭和のお宝映像で出てくる伝説のモデルMARIA。映像ではモデルや女優として凛とした憧れの女性として紹介されている。

 引退して表舞台から姿を消した彼女が地雷女になっているなど想像に容易い。そもそも、芸能界は偶像崇拝させているだけで承認欲求の塊の地雷女ばかり。

「優しい」「良い人」「気さく」と紹介される人で、実際そうだった人に出会ったことはない。


「お兄様のように、家族と縁を切ってみては?」

 能力のある跡取りである為末社長が家族と縁を切ると言って、困るのは為末マリアの方だ。


「でも、きらりにNOを突きつけられたのは親というより俺なんだ」

「えっ? どうして?」

 彼のどこに不満があるのだろう。私から見ると彼は一途に梨子姉さんを想ってくれる上に、ドライに見えるけど親切な人だ。


「責められている自分を見て、なんで味方になってくれなかったのかって言われた。俺はきらりの結婚相手に求める最低条件の二つを満たしてないんだと」

「一つはどんな時も味方になるって条件ですよね」

「うん。その通り。俺が口を出しても火に油を注ぐだけだから、早く母の嫌味が終わるのを待ってたんだけどな」


 為末社長が私に吐露している事を、梨子姉さんに言えばきっと和解に近づく。

しかし、プライドの高い彼はそんな事ができない。


「最低条件のもう一つってなんだと思う?」

「分かりません。年収ではない事だけは確かです」


 彼が梨子姉さんを好きな気持ちはあまり伝わってないかもしれない。

押してダメなら引いてみろとばかりに、梨子姉さんに敢えて一線を引きながら接してきた彼。

その態度が彼女にはあまり自分を好きではないと伝わった可能性もある。


「今、きらり実家に戻ってるんだ。離婚に向けて話し合う気になったら連絡くれって酷くない? 心の相性が悪いって何だよ。一緒にいて楽しそうにしてたのに、訳わかんねー。あいつ変な男と14年も付き合ってたくせに、なんで俺とは一週間なんだよ」

 為末社長が頭を抱える。

(⋯⋯変な男)


「変とはどんな意味ですか?」

「見た目も微妙だし、金もなくて、きらりに700万円も貢いだ男!」

「700万円!?」

私の推測が確かなら、梨子姉さんはダメンズを見ると放って置けない系。


「為末社長、弱みを見せたらどうでしょう? 大好きな梨子姉さんが離れて行ってしまい辛いという気持ちを晒したらどうですか?」

「えー! 絶対、そんなダサいの嫌だよ」


 髪をかきあげながら右上を見る彼は非常にセクシーだ。

色気のある見た目のせいで遊び人にさせ見える。梨子姉さんも、急に結婚まで持って行った彼を信頼できていないのかもしれない。


「このままだと、渋谷ドクターに奪われますよ」

「えっ? 結婚したのに?」

「考えても見てください。9ヶ月前は渋谷ドクターと梨子さんは抜け出して秘密のデートをする仲だったんです」

「⋯⋯あの時の事を思い出すと古傷を抉られるな。確かに、渋谷雄也がきらりを、まだ諦めてないみたいな事言ってたけど既婚のきらり近付いたら不倫だよ。真面目なきらりは不倫できないと思うな」


 私はこんなに早く為末社長が結婚のカードを切った理由を理解した。

私は深呼吸して、渋谷ドクターの声色を真似る。


「『きらりさん、ストレスで正常な判断ができない事は誰にでもあります。今、辛いですよね。僕があなたを幸せにしたい』」

「似てる! そして、渋谷雄也はそんな事を本当に言って、きらりに近付きそう」

 私のモノマネに為末社長は現在の危機的状況に気がついたようだ。


「渋谷ドクターは心の専門家です。包容力で勝負したら負けてしまいます。カッコつけるのをやめて、弱さを見せて母性本能をくすぐるんです」

「やっぱ、俺、きらりの前でカッコつけているように見える?」

 私は彼の問い掛けに深く頷いた。好きな人にカッコよく見られたいと思うのは当然。しかし、それが14年変な男と付き合ってきたような女には有効ではない。

 梨子姉さんのいない場所では、彼は気のおけない親しみのあるお兄さんだ。



「はい。ダサいくらいに、梨子姉さんに縋り付いてみてください」

「やりたくなーい! そんな俺、俺自身が耐えられなーい」

 社長室に彼の悲鳴のような声が響き渡った。




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