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第103話 私が今苦労してるのは、全部私のせいです。

 私は今日から株式会社『果物屋』の社長として、独り立ちしなければならない。

ダサい社名をいつか変えたいとは思っていたが、そんなのもどうでも良くなる程私は追い込まれていた。

「今日から社長」というように林太郎に言われても、私は事務所所属のアイドル。

結局はプレーヤーでい続けて、会社の運営自体は林太郎に任せきりだった。

 彼と離れると決めた以上、自分で全てをやり遂げなければならない。


 会社を経営するより雇わられていた方が楽。

 アイドルをするよりも応援していた方が楽。


 神様はどうして私をこんな派手顔にしたのか。

人前に出るのが大好きな人間のように思われがちだが、全く違う。

本当の私を分かってくれるのは、私と同じように派手顔ながらささやかな幸せを手にした母だけ。


 派手顔の人生は2つに分けられる。


 地元のヤンキーに目をつけられ、真っ逆さまにヤンキー街道を行くか。

 見初められルックスを武器に玉の輿に乗るか。


 私の母は、誰もが振り向く美人であったが、地味と言われながらも彼女を想い続けた男と結婚。


 両親は結婚30年以上経っても、仲睦まじい。2人は相性が抜群なのだろう。

 私が就職して家を出た後は、父と母から男と女に戻ったようにラブラブ。

 私はそのような関係に憧れていた。雅紀と付き合ったのは地味で安心できるから。

雅紀は私に夢中な演技をし続けたから、私も応えるように彼との恋を続けられた。


 林太郎は全く違う。

 彼の「好き」という言葉は水素より軽く感じる。だから一緒にいるのがキツイ。



 事務所で書類の整理をしていると、約束をしていたりんごが現れた。

「梨子姉さん。そんな顔しないで元気出してください」

「えっと私、そんな変な顔してる。アイドル終わって気が抜けたかな」


 アイドルをしている時はかなり無理をしていた。常に口角をあげ楽しそうなフリ。

忙しくなると楽しいも苦しいも感情がなくなるのに、感情があるフリをしなくてはならない。


(林太郎にも、勝ちたい以外の感情があるのかな⋯⋯)


 「なんだか、2人で話すのは初めてですね」

 りんごが事務所のソファーにどかっと座る。

彼女の言う通り、私たちはいつも4人グループだった。


「桃香も来月にはフランスだし寂しくなるよね」

「⋯⋯桃香か。大丈夫なんですかね? 為末社長の全面支援での留学!」

「えっ? 何かあったの?」

「いや、あれって梨子姉さんと為末社長の仲を取り持つ約束あってのことでしょ」


 りんごの話がいまいち理解できず首を傾げる。私は林太郎が桃香を特別視しているような事にヤキモチを妬いていた。

(私との仲を取り持つ為の約束?)

 林太郎が私との恋を取り持って欲しいと、中学生に頼んだというのは想像し難い。


それ以前に、いくらゲームに勝つ為とはいえ彼が他人にヘルプを頼むとは思えなかった。

林太郎はいつも自分の中で完結してしまう人。

それ故に私は彼に対して頼もしさと寂しさを覚えてきた。


 私の混乱を察したのか、りんごが話題を変える。


「離婚、本当にするんですか? 為末社長と何があったんですか?」

「何があったかというか、私と彼はそもそも一緒になるべきじゃなかったと思う。心の相性が悪いというか⋯⋯」

「心の相性⋯⋯梨子姉さん、為末社長といる時に幸せそうに見えましたが、実際はそうではなかったという事ですね」


 りんごの言葉に心臓が止まりそうになった。

確かに私は林太郎の存在に安心を感じて、幸せに感じていたこともあった。

でも、それが全て彼が私を落とすゲームに勝つために誘導した感情のようで苦しい。


「うん。そうかな。卒業コンサートの後、勢いで結婚しちゃったけど失敗したと思ってる。何もかも噛み合わないんだよ私達⋯⋯」


 私は込み上げてくる涙を必死に堪えた。


 私が真剣に話すことをはぐらかす林太郎。

 アイドルやってた時はワンマンな彼がカッコよく見えていたが、今はいつも自分の意見を押し通す彼が嫌い。

 仕事が忙しいのは分かるけれど、私が自分の母親に責められているのに横で素知らぬ顔だった彼が許せない。

 私を愛してくれる、どんな時でも味方になってくれる男と結婚したかった。


 自分の半分以下しか生きていない子の前で涙をするなんて本当に情けない。


「梨子姉さん⋯⋯」

「私の事はいいからさ、りんごの今後の計画を立てよう。これから半年は学業優先で露出はしないんだよね」

「はい。でも、半年も経てば忘れられてしまうと思うんで、コスパの良い仕事はしたいです」

 りんごは私以上に芸能界のスピードを分かっていた。


 今、卒業したばかりの『フルーティーズ』は注目されている。

しかしながら、半年後、大衆の興味は間違いなく他に向かっているだろう。


「カレーのCMとか依頼は来てるよ。CMだけでも露出しておく?」

「はい。お願いします。正直、中3入ってから学校に行ってないんで、勉強の遅れ取り戻すの大変なんです」

 私は林太郎がアラサーの私より彼女たちの方が退路を経ってアイドル活動をしていると言ったのを思い出した。


「りんご、ごめんね。大切な時を奪っただけのものが『フルーティーズ』にあったのか私にも分からない」


私の言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするりんご。


「梨子姉さん、いや、梨子社長。何を言ってるんですか。下手なサラリーマンの生涯年収をこの1年で稼ぎました。お金だけではなく、一生の友を得た1年だと思ってます。私が今苦労してるのは、全部私のせいです。桃香は忙しい時でも寝ずに勉強してましたよ」

「私もりんごの一生の友の中に入れてる?」

「もちろんですよ。きらり!」


 ニカっと笑ったりんごにドキッとする。私は「梨子姉さん」と言う呼び名にいつも距離を感じていた。

彼女たちから見たら、母親でもおかしくないような年齢の私。


 事務所の扉のインターフォンが鳴る。

「誰だろ⋯⋯」

「すみません。友達として見た時に、やはり梨子姉さんには幸せになって欲しくて呼んでしまいました」


 りんごの言葉に林太郎の笑顔が脳裏に過ぎる。


 私は緊張しながら、インターフォンの液晶を見た。

「雄也さん?!」

 そこにいたのは卒業コンサートの前にお別れを告げた渋谷雄也。

私は9ヶ月前まで間違いなく恋をしていたその人だった。



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