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第12章 未来はまさかの連続です

第107話 私の人生に貴方は必要ない。

 私は初めて産婦人科に入ったが、妊婦さん以外にも周囲には様々な人がいた。


パパとママで生まれて間もない子を連れているのは検診だろうか。

私を見るなり、周囲がヒソヒソと噂しだす。


「『フルーティーズ』の梨子じゃない?」

私は卒業して芸能人を辞めた気でいたが、既に世の中に身バレしていた。


尿検査をした後も、待合室で噂されるのが怖くてトイレに潜伏した。

(何も悪いことにしてないのに、なぜ隠れる⋯⋯)


どれくらい時間が経ったかの時に、名前が呼ばれる。

「為末さん、為末きらりさん一番診察室にお入りください」

私は逃げ込むように診察室に入った。



眼鏡を掛けた女医さんが私を診察する。

噂の股を広げる診察台に周知を感じていると、黒い画面を見せられた。

「妊娠8週目ですね。これが赤ちゃんの袋で⋯⋯」

「妊娠8週目ですか?! 産みます、ここで産みます!」


私は分娩の予約を取らねばならないと思って、すかさず申し出た。

「ふふっ、梨子さんって実際も元気な方なんですね」

私はまさかの女医の「梨子呼び」に固まってしまう。


「実は私、梨子さんのファンなのよ」

「あっ、そうでしたか。ありがとうございます」

ファンに股の間を見られる恥辱。私を知らない人の方が気が楽だった。



診察台から降りると、分娩予約をすることになる。

「9月のこの週くらいかな」

「私の誕生日と同じくらいですね」

「お仕事忙しいなら、計画無痛分娩とかもできるわよ。旦那さんと相談してね」

「⋯⋯はい」

「それと、区役所で母子手帳を受け取ってきて。改めておめでとう。為末きらりさん」


 私は改めて自分が林太郎と結婚した事を実感していた。

産婦人科を出たところで、私を見覚えのある黒い送迎車の前に立つ涼宮さんが目に入った。

彼は私を見るなり、車の後ろのドアを開けて中から林太郎が出てくる。

1ヶ月半ぶりに会う彼は真顔で何を考えているのか分からない。


「きらり、乗って。話をしよう」

車に乗るように促され、一瞬躊躇する。

(でも、話し合わないと⋯⋯今後のこと)

私は意を決して車に乗り込んだ。


「林太郎、久しぶりだね。なんで、私があそこにいるって分かったの?」

「前にスマホにGPSアプリ入れたの見てて⋯⋯」

「逐一、私の行動監視してた? なら、会いにくれば良いのに」


 話し合いをしようと思っているのに、なんで棘のある言い方をしてしまうのか分からない。

しかしながら、私はずっと彼からの連絡を待っていた。私は『為末きらり』になったのに、放置されたまま。

梨田きらりに戻るにしても、彼の了承が必要。

そして、今はお腹の中に彼の子がいる。



「今からどこに行くの?」

「俺たちの家に戻ろうと思ってるよ。きらり、妊娠したんだろ。子供には父親が必要だから、離婚はしない方が良い」

 林太郎は移り変わる窓の外の風景を見ながら、淡々と話す。


 私はふと時計を見る。16時18分、まだ区役所がやっている時間だ。

帰り道の途中なので、母子手帳を受け取れそうだ。


「涼宮さん、区役所に寄ってくれますか?」

私の言葉に林太郎が突然、私の手首を掴む。


「なんで、子供が、出来たのにまだ離婚したいなんて思ってるんだ?」

「えっ?」


 私は予想外の林太郎の発言に首を傾ける。


「もしかして、そのお腹の子って渋谷雄也の子なんじゃ」


 予想外では片付けられない、許せない発言に頭が沸騰する。

確かにこの1年2人の男の間で揺れていた私がいたのは事実。

彼が私を疑う気持ちがあっても仕方がない。


 私達が結婚していないならば、この失言も100歩譲って許せた。

でも、私は『為末きらり』で彼の妻。

私が不倫するようなふしだらな女だと彼は思っている。

私も彼の事が分からなず困惑していたが、彼も全く私のことを分かっていない。


( 不倫を疑われて私が苦しんでいるのを見ていた癖に⋯⋯)


「最低⋯⋯私は不倫なんしないよ」

「そうだよな」


 ホッとしたような表情を浮かべる林太郎。

 私は今にも爆発しそうな怒りを必死に抑えている。

子供には父親がいた方が良いのは確かだ。


⋯⋯でも、林太郎はどんなパパになる?


 私が彼の母親から責められても、無視していた彼。

(いらないわ。こんな男)


「林太郎は認知だけしてくれれば良い」

「きらり、何言って?」


 彼が心底驚いたように目を見開く。


「言葉のままだよ。私が1人で育てた方がこの子はちゃんと育つ。この子が言われのない責めを受けても、林太郎は横でスマホで仕事の連絡してるんでしょ。いらないよ。そんな父親!」

「きらり、それはごめん。俺、変わるから」

 変わるって何だろう。


 林太郎は私への態度もコロコロ変えてきた。

恋人のように親密にしてきたら、私が彼を求めている時に友達として一線を引く。


 彼はいつも計算で動いていて、心を感じない。

「もう、無理だよ。私、林太郎を信用できない」

「でも、俺の事、好きだよね。俺はきらりが大好きだよ」


「好き」だけで済むのは恋愛関係まで。


 私は確かに彼の事がまだ好きだ。彼が姿を見せた時は嬉しいと思ったし、隣にいるとドキドキもする。

 私の考えでは結婚においては「ときめき」よりも、信頼が大事。彼自身も私の「不倫」を疑うくらい私を信用していない。


 私達はお互いを「好きだけど、信用できない」と思っている。


「林太郎、好きだよ。でも、その好きもいずれ消えると思う。私の人生に貴方は必要ない」


 初めての妊娠で不安だったし、ホルモンバランスもボロボロだった。

 そんな事は、やっと決意して私に会いにきた林太郎には伝わっておらず、私の本心として届き彼の心を切り裂いた。


 私は林太郎に一生消えないような心の傷を残す言葉を吐いてしまった。



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