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第108話 もう、俺の母親やめてくれる?(林太郎視点)

 母がきらりに攻撃的になるのは予想がついていた。

ルッキズムに囚われる母の一番見たくない生物だ。


 最も、母は全方向に攻撃的で、地味な兄の嫁にも噛み付いていた。

しかし、きらりに対しての敵意程ではなかった。


 母は俺がアメリカに留学するあたりまでは美しく凛とした自慢の母だった。

帰国した頃には別人になっていた。兄嫁とのトラブルを聞いて想像はついていたが酷い。


 芸能界で頂点を極め、若くして父と結婚し引退した母。

「私、大富豪と結婚する為にモデルになったのよ。芸能界見たいな泥臭い場所私には似合わないわ」

 下心を隠さず、自信に溢れる母を父は好きになったと言っていた。


 高卒で単身でフランスに渡りパリコレに出て、トップモデルとして活躍し日本に凱旋したMARIA。

その美貌一つで成り上がったことが、彼女の自慢だった。


 しかし、35歳過ぎた辺りから彼女は自分の美貌に翳りを感じ美容整形にハマり始める。


  美貌が失われ始めると、彼女は学歴コンプレックスを拗らせ始めた


 兄の嫁はルックスは地味だが、日本のトップの大学を主席卒業した才女。

 そして承認欲求のような母とは真逆で、自分の能力を決してひけらかす事のない控えめな性格だった。

そんな彼女の賢さと謙虚さに惹かれている息子の姿は母には認められなかったようだ。

母は自分の鬱憤を晴らすかのように、嫁いびりを始めついには兄に決別されてしまった。


 父が、きらりに対して「三流大学なのに一流企業に入って、芸能界に入って凄い」といった言葉は母へのメッセージだった。


父は美貌を失い学歴にコンプレックスを感じる母が、きらりを嫉妬に狂う目で見ているのに気がついていた。


 そんな母に父は学歴という武器もなく頂点に立ったMARIAをリスペクトしていると伝えたかったのだ。

父は母への気持ちがなくなっても、母をお荷物に思っても、情が残っていて母となんとか生涯添い遂げようとしていた。


 俺が諦めが悪いのは父譲りだ。


 結局、父の言葉もきらりを傷つけてしまう結果となった。俺も父も病的な母を激昂させず諌める事ばかりに気を取られ、きらりの気持ちを考えられていなかった。

父の気持ちは、まともに会話ができない母からは離れている。母も虚栄心ばかりで、まともに父を見ていなかった。

大恋愛をして結婚した2人が30年経って、こんな機能不全家庭を築いているなんて未来は誰にも分からない。


 きらりから「離婚」の二文字が出たことにショックを受けつつ、リビングに戻る。

既に父は書斎に行ったのか、そこには母しかいなかった。


「俺の好きな人を傷つけて満足?」

「満足よ。ちょっと冷たくされただけで『離婚』だって騒ぎ立てるような子はやめなさい。結婚なんて我慢の繰り返しなんだから続かないわよ」


 偉そうに「結婚」を語る母には苛立ちしか感じない。いつ彼女が我慢したのだろう。

苛立てば当たり散らし。自分のコンプレックスに向き合わず、人にマウントを取り傷つける。


「母さんの言う『結婚』ってこれ? 父さんといつ会話した? 鏡ばっか見て、周りに苛立ちぶつけて当たり散らして自分がおかしいと思わない?」

「⋯⋯はぁ、はぁ、何よ。きらりとかいう女だって、あと5年もすれば見れたもんじゃないわよ」


 母は頭をガシガシしだす。


 少し、自分が切り込まれてたら直ぐにキレ出す寸前にまで追い込まれる。

 沸点が低いというレベルではなく、これでは周囲と会話が成り立たない。


「一度精神科で診てもらったら?」という提案は飲み込んだ。


「ごめん。もう、俺の母親やめてくれる?」

 俺は聞こえるか、聞こえないかの声で呟くとリビングを出る。



「きゃー!! きゃー!!」


 耳を擘くほどの悲鳴と共に、ガシャンと陶器の割れる音がする。

 母が落ち着く頃にはリビングは嵐にあったようにめちゃくちゃになっているだろう。


 俺の声は母の耳に届いてしまっていたようだ。声に出していうべきではなく、飲み込むべきだった母を傷つける言葉。

それでも、きらりを攻撃した母を許せなかった。彼女が俺の母親でなければ、きらりが逃げてく事はなかったよいう思いが消えない。


 メイド達が廊下でオロオロしているのが見えた。


「怪我したら、大変だからおさまるまで、母には近付かないようにね。別にリビングの片付けなんて明日でも良いから」

「お気遣いありがとうございます。林太郎坊っちゃま」

 俺がアメリカに行く前からいた初老のメイドが頭を下げる。


 よく、こんな働きずらい家で長く働いてくれている。

 俺も逃げられるものなら、こんな家捨ててきらりと楽しい毎日を過ごしたい。


 後継者として育てられ、小さい頃からファインドラッググループを背負って立つ予定だった兄。

 地位も家も捨てて愛する人と暮らしている彼が羨ましい。俺もきらりの為なら何もかも捨てられるのに、きらりは俺自身から離れたいと言っている。


 きらりがいない部屋に戻ると、心にぽっかり穴が空いたような感覚に陥った。

彼女とこの部屋で1年近く暮らしていた。いつも俺の作った料理を美味しそうに平らげる彼女を見るのが好きだった。

寝たふりをしている彼女にキスすると、顔を真っ赤に染めながら睫毛をふるわす彼女を愛おしく思った。


(どうすれば良かったんだろう)


 離婚に向けて話し合う準備ができたら連絡しろと言われても、こんなに好きなのに別れる選択が出来る訳もない。


 どんなに落ち込んで無気力でも毎日は続いて行く。

 重い体を奮い立たせ、会社で仕事をしていたら桃香から連絡が来た。


 ある意味、俺と同じように毒親に苦しめられた彼女。

そして、彼女は律儀にも俺ときらりの関係を取り持つという約束を今も守ってくれている。


 きらりを取り戻すために藁をも縋る思いで、俺は中学生サポーターを社長室に呼んだ。




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