お腹の子が渋谷雄也との子だなんて微塵も疑ってはいない。
それなのに、脳裏に焼きついた渋谷雄也と彼女が抱き合ってた記憶が俺の口を動かした。
一度出してしまった言葉は何度後悔しても、取り戻す事はできない。
きらりの俺へ向ける目が一瞬にして軽蔑の色に変わった。
「林太郎は認知だけしてくれれば良い」
彼女は俺を切り捨てる判断をしたようだ。
女に縋り付くなんて絶対に嫌だった。
それなのに、俺は必死に彼女に縋りついた。
必死に愛を紡いで、「自分が変わる」と漠然とした表明をする。
それでも、彼女の心には届かなかった。
「林太郎、好きだよ。でも、その好きもいずれ消えると思う。私の人生に貴方は必要ない」
彼女の言葉はもう俺が知っている事。
きっと燃え上がるような恋をしても、その「好き」はいずれ消える。
別に誰かがいなきゃ、人生を生きていけない訳じゃない。
それでも、一度きりの人生で、初めて好きな人が出来た。
だから、俺は拒否されても、きらりと生涯を添い遂げたい。
「俺もきらりが好き。今の「好き」は消えても、違う「好き」が俺達の間には生まれるよ。俺はきらりとはそんな未来が描けるんだ」
自分でも恥ずかしいくらい必死で、俺は26歳にもなって涙を流しながら女に縋った。
弱みなんて彼女の前で絶対に見せたくない。彼女の前では誰よりカッコ良い自分でいたい。
でも、自分の感情のコントロールがうまく出来なかった。
きらりに最低な事を言った。隠していたけれど、俺の実家は最悪。母親は病的な毒親。
彼女の不安も利用しズルして気持ちを手に入れて結婚した。渋谷雄也みたいに人の気持ちを察する力もない。
「今の「好き」が消える?」
「消えるよ。恋なんて泡沫のもの。俺の両親も大恋愛だったんだ。でも、今は会話さえしない。それでも父は母を諦めていないみたい」
「林太郎、泣かないで」
きらりが手を伸ばして俺の頬に伝う涙を拭ってくる。
泣いたりするなんて、子供みたいで彼女の前では絶対したくなかった。
大人っぽく、どっしり構えた大人の男でいたかった。
「母に俺の母親をやめて欲しいって言ったら、狂ったように暴れちゃってさ。ごめん。ウチの事情はきらりには関係ないのに⋯⋯」
周りには知られたくない、ましてや愛する彼女には知られたくなかった家庭の恥部。
「今の「好き」は消えるけど、新しい「好き」が生まれるっていう林太郎の考えは分かるよ」
「えっ?」
なんの企みもなく発した言葉が彼女には届いたようだ。
俺は思わず気の抜けた声を上げてしまった。
「私の両親も仲が良いけれど、今は恋人的なラブラブというより家族の「好き」が生まれてる。そういう「好き」が私とは作れるって言いたいんでしょ」
きらりの薄茶色の瞳に映る自分は幼児のように幼い顔をしている。
こんな情けない顔は彼女にだけは見せたくなかった。
カッコよくて憧れられて、惚れられて⋯⋯年下は恋愛対象外という彼女の恋愛対象になりたかった。
「そうだよ。きらりが好き。俺はきらりとこの子の為に生きていきたい」
きらりのまだ膨らんでいないお腹に手を伸ばす。
俺の震える手にきらりは手を重ねて来た。
こんな風に涙を流す自分は、いくら周りがなんと言おうと子供だ。
情けないところを見せても受け入れてくれる女性だって知っていた。
それでも、カッコ良い自分でいたかった。
「林太郎って、最高にカッコ良いね」
「えっ?」
予想外の彼女の言葉に心臓が跳ねる。
「本当にカッコイイよ。大好きだよ。林太郎!」
ギュッと俺の腰を抱きしめてくるきらりが愛おしい。
都合の夢を見ていても構わないとばかりに、彼女を抱きしめる。
ダメンズ好きの彼女の感性は理解に苦しむ。
でも、ありのままの俺を「大好き」と言ってくれる彼女が嬉しい。
「俺も大好き。きらりも、お腹の子も俺が守るよ」
俺の決意に応えるように、顔を上げて俺に頬を寄せてくる彼女。
「大丈夫。私も一緒に戦うよ。結婚してよかったって、ちゃんと思えるよ」
きらりの言葉にそっと目を瞑る。
⋯⋯結婚して良かった?
騙し討ちのように結婚して、彼女を困惑させ傷つけた。
彼女の今の「結婚して良かった」には気遣いを感じる。
これから「結婚して良かった」と心から思わせて見せる。
俺は決意を強めるように彼女を強く抱きしめ返した。