「離婚はしない事にした。ごめんね、良い大人がガタガタ言って悩ませちゃって」
私はりんごと苺を呼び寄せて事務所で謝罪をした。
「いえ、このモンブラン美味しいですね」
苺が頬に手を当てながら嬉しそうにしている。
「離婚しない理由はそれですか?」
りんごが私のバッグに付いているマタニティーマークを指差す。
「まあ、それもあるけれど、私が子供だったんだよ」
勢いで結婚したのは確かだが、私は林太郎が好きだ。
仕事の時は彼は頼もしくて、彼自身も私に良い部分しか見せなかったと思う。
今、思うと婚姻届を書く時も、両親に会いに行くという私に母親が対抗意識を燃やすと言っていた。
笑い話のように軽く話してた彼に私も深く考えなかった。
両親への挨拶、結婚式を後回しにしたいという彼をわがままだと思った。
いつも余裕で笑っている彼を悩みなんかなくて羨ましいとさえ感じていた。
生まれながら裕福な家に生まれルックスにも恵まれ頭も良く、堂々としている。
彼に対して私は知らずに引け目や嫉妬みたいなものを感じていた。
だから、いちいち彼の言葉が私を見下しているように悪く捉えた。
5歳も年下の大企業の御曹司と結婚するという事に少なからずプレッシャーを感じていた。
私と林太郎は全然違う。
私は家庭に関する悩みは持った事がない。
円満家庭に育った私には分からない悩みを林太郎は抱えていた。
私が結婚前に為末マリアに会っていたら、彼への気持ちも少し冷めて結婚を躊躇っただろう。
それくらい話が通じなく、横暴な為末マリアは強烈だった。
彼女が自分の義母になり、私の生んだ子を「可愛い」と抱っこするイメージなど湧かない。
狡いけれど、私が躊躇するのが分かっていたから林太郎は私に家族を見せなかった。
我儘で強引で自身に溢れた自分だけを見せて、心の奥にある苦しさや虚しさ隠す。
「私とルナさんは渋谷ドクター推しでしたけれど、梨子姉さんは為末社長が好きなら仕方ないですね」
りんごの言葉に私はフランスに戻る前にルナさんに電話したのを思い出していた。彼女は私の選択なら応援してくれると言ってくれた。
「好きに決まってるでしょ。だから、結婚したの。これからは彼の弱いところも、もっと知っていきたいと思ってるところ」
「梨子姉さん、相変わらず母性の塊っすね。ママでも、社長頑張ってください」
苺の応援に私はガッツボーズで応えた。
問題は山積みだ。仕事の事、家族の事、ママになる事。
今後の打ち合わせを済ませ、事務所を出る。
もうすぐ日が落ちそうな夕暮れ時。
「あの方、誰でしょうか? こちらを睨んでますよね。どこかで見た事があるような」
りんごの指差す方向を見ると、電柱の影にいたのは林太郎の母親。
鬼のような形相で私の方を見ている。
高級ブランドのワンピースに身を包んでいるが、髪はボサボサだ。
ちょうど呼んでいたタクシーが来たので、2人を乗り込ませる。
「今日はこのまま帰宅だよね。2人とも気をつけて帰ってね」
「はい。梨子姉さんこそ。お身体お大事に」
「梨子姉さん、きっと幸せになれますよ。私はお二人はずっとお似合いだと思ってたっす」
「ありがとう。ゆっくり休んでね」
タクシーで去って行く、2人を見送ると私は為末マリアに駆け寄る。
「お義母様、私にご用でしょうか?」
「⋯⋯」
私が尋ねても彼女は睨みつけてくるだけで一向に何も答えない。
「私、林太郎さんとしっかり向き合って夫婦をやっていこうと思っています。いつかお義母様とも分かりあいたいです」
「何それ⋯⋯全部あなたのせいなのに」
私は何を言われたか一瞬理解できなかった。
「梨田きらり、全部あなたのせいよ!」
叫び声をあげた為末マリアに思いっきり突き飛ばされる。
「痛い⋯⋯お腹が痛い⋯⋯」
私はお腹に鋭い痛みを感じ、その場に倒れ込んだ。