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第112話 愛の終わりはとっくに来てた。(林太郎視点)

 父に呼び出されて、ファインドラッググループの本社の社長室に行く。

てっきり仕事の話かと思ったら、父は秘書を部屋の外に出し俺に応接セットのソファーに座るように促した。



「林太郎、悪かったな」

「きらりの事? その事なら、大丈夫だよ」

 兄が実家から距離を置くようになり、俺にも逃げられると思ったのだろう。

父が俺に謝罪したのは多分これが初めてだ。



「私がマリアを早く切っていれば良かった。マリアと私は離婚したよ。彼女には家を出て行ってもらった」

「えっ?」

 一瞬、父が何を言っているのか分からなかった。

俺がアメリカに行く前までは仲良かった両親。

帰国すると整形中毒になり、別人のように性格も荒れていた母。


 父の彼女を見る目はその時には冷ややかだった。

自信に溢れ美しかった自慢の妻の変わってしまった姿に父の愛が消えた。

それは母自身も気づいていて、それがより彼女を追い込んだように見える。


 母はその美貌と負けん気の強さで成り上がった女。

美貌が衰えたから、父の愛が冷めたと考えてしまったのだろう。



「離婚なんて、なんで何の相談もなしにするんだよ」

「林太郎も何の相談もなしに、きらりさんと結婚したじゃないか」

 父の言葉に返す言葉がない。父は穏やかに笑っている。

母と離婚できて肩の荷が降りた感じだ。


「どうして、今なの? 俺にも兄貴みたいに逃げられると思った?」

「否定はしない。プライドが高いお前がきらりさんを追いかけたのを見て危機感を覚えた」

「いやいや、それでもここまで連れ添ったのに、急に離婚ってさ」

 離婚するタイミングならいくらでもあったはずだ。

夫婦の会話が成り立たなくなった時、兄貴が実家から離れた時。

それなのに、今、父が離婚を決めたのは母の存在が仕事の邪魔になる可能性を見出したから。



「愛の終わりはとっくに来てた。それでも、情はあったしマリアと生涯連れそう気でいたよ」

「でも、仕事と比べれば、情なんて取るに足らないものだって事だろ」

 俺の言葉に父が静かに頷く。

父は昔から優先順位が変わっていない。仕事が一番で家族は二の次。経営者として俺はそんな父を尊敬している。

それが、何千人という社員の生活を預かるという事。父はきらりを追った俺を見て俺は自分とは違うと思ったのだろう。


「別にお前が私と同じ価値観を持つことはない。プライドを捨てられる程、好きなら今の気持ちを大事にしなさい」

「言われなくても、分かってるよ。きらりのお腹に子供もいるし」


俺の言葉に父が目を見開いた。

「デキ婚だったのか? アイドルのプロデュースまがいの事をしていたみたいだが、商品に手を出しちゃダメだろ。公私混同は身を滅ぼすぞ」

「違うよ。アイドル引退してから結婚したし、子供はハネムーンベイビー! アイドルやってる間は付き合ってもいないよ」

 父が焦って否定する俺を見て爆笑している。

しかし、しっかり否定しておかないときらりのプロ意識まで疑われそうで嫌だ。

俺は父にはきらりを好きになって欲しい。母がきらりを好きになるのは難しいと元から思っていた。


「それにしても、息子2人して母親とは真逆のタイプに惚れるとはな。マリアが追い込まれる訳だ」

「きらりも真逆?」

 兄の妻は地味顔だが知性派。きらりは美人で芸能界を経験していて母と似ていると思っていた。俺は、母は同族嫌悪的な感じできらりを敵視すると予想していた。


「真逆だろ。マリアは美貌を武器にして注目され特別であり続けたい人。きらりさんは気がつけば注目されてしまう人だ」

 父の言う通りかもしれない。俺も気がつけば、きらりを目で追っていた。実際のきらりは目立つのが苦手な緊張しやすい女。

だけれど、周りが彼女を放っておかなくて一気にスターダムを駆け上がった。苦労して芸能界の頂点に上った母がきらりに嫉妬するのは必然。


 何より彼女が自分に似て美しいと自慢する息子が、自分の嫌いな女に夢中。

母にはいつまでも周りと張り合ってマウントを取ってないで、穏やかに老いていって欲しかった。

俺のいない間、彼女に何があったのか分からないが、今の母は俺にとっても目の上のたんこぶ。


 父と母が離婚したと聞いて驚いたけれど、安心してしまう自分もいた。


 スマホの着信音が鳴る。

「ごめん、きらりからだ」

 父に断って電話に出ると、なぜか男の声がした。

(渋谷雄也? 何で?)





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