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第113話 俺たち離婚しよう。

 為末マリアはお腹を抱える私を感情を失ったような目で見下ろすと、そのまま颯爽と去っていった。


私はお腹の中の子に何かあってから怖いと思いバッグの中から救急車を呼ぶ。

地面に寝そべっていると、通りがかりの見知らぬ老夫婦が私を心配して声を掛けてくる。


「大丈夫です。救急車を呼びましたから」

 その夫婦は救急車が来るまで私の側にいてくれた。

 夫婦になって長い月日を経て恋が終わって、愛に変わって生涯を共にする。

 いつまでも仲の良い夫婦を見て、心が暖かくなる。


(私と林太郎の子⋯⋯)

 私はお腹を抱えて救急車に乗る間にうとうとして意識を手放した。


 目を開けると見覚えのある病室の天井と、雄也さんの顔。

「きらりさん、安心してください。お腹の子は大丈夫です」

 私が知りたかった事を真っ先に教えてくれる彼。

 本当に大人で頼りになる人。


 勢い任せにしてしまった林太郎との結婚。

 私も自分のことで誠意一杯で、精神的に子供な2人が子供を育てるようなものだ。


「きらりさん、誰かに突き飛ばされましたか? 被害届を出した方が良いと思います」

 雄也さんの言葉に心臓の音が煩いくらい早くなる。


「最近、疲労困憊してて、何もないところで転んだだけですよ」

「あの辺は防犯カメラも多いし、きらりさんが否定しても真実は明らかになると思います」

 雄也さんは何らかの目撃情報を掴んでるのだかろうか。

 彼が私が誰かに害されたと確信している事に、不安を感じた。


 為末マリアは林太郎の母親。

母親が加害者になれば、林太郎が傷つく。

「私は転んでしまっただけです」

「分かりました。きらりさんがそう言うなら、そう言う事なんでしょう」


 雄也さんが追求して来なくてホッとする。

すると突然、彼が私の手をきゅっと強く握ってきた。


「きらりさん、ルナから話は聞きました。僕は子供ごときらりさんを受け入れられます。僕が嫌いでないのなら、僕のところに来ませんか」

「何言って⋯⋯」

 私は彼からの突然の申し出に戸惑ってしまう。

確かに結婚後、林太郎とうまくいかなくて私は不安定だった。

ルナさんに沢山弱音も吐いた。林太郎がゲームのように私を落としただけのように思えて不信感も湧いた。


(でも⋯⋯)

 泣きながら、自分の家庭の恥部を私に語ってきた林太郎を思い出す。

若くて軽薄に見える彼が、今の恋が終わる事なんて分かっているけれど私とは別の気持ちが生まれるはずだと言ってくれた。

私の知らなかった脆く弱い林太郎。

彼が他者には見せたくないだろう弱さを見せてでも、私を繋ぎ止めようとした事。


「私は為末きらりです。この子の父親は為末林太郎で、彼と一緒にこれからも協力しながら頑張ってくつもりです」

「そうですか⋯⋯」

「まだまだ、未熟な2人ですけどね」

 私の言葉に雄也さんが少し悔しそうに笑う。


その時突然病室の扉が開いた。

「林太郎?」


 何か決心したような林太郎の表情に私は心臓が止まりそうになる。

 彼は彼の母親が私にした事を知っているのだろうか。いつになく深刻な表情をしている。

今から2人で協力して夫婦になっていこうと誓った矢先の出来事。

私も混乱しているが、彼も戸惑っているだろう。

「きらり、離婚しよう」

 私は予想外の彼の言葉に頭の中がこんがらがった。


「どうして急に? えっと、この子は⋯⋯」

私はまだ膨らんでいないお腹を抑えた。実感は湧かないけれど、このお腹の中には確かに彼と私の子がいる。


 私の問いかけに対して林太郎は呆れたような笑いを浮かべた。

「子供は認知すれば良いってきらりが言っただろ。十分な養育費も払うし、何ならまだ堕ろせる週数なんだから子供堕しても良いよ。離婚の慰謝料はきらりの言い値で。俺たちの結婚が上手くいかないのは俺が強引に事を進めたせいだし」


「本気で言ってるの?」

 今までコロコロ変わる林太郎の態度と言動はギリギリ許容してきた。

でも、この言葉だけは許せない。


「勢いで結婚しちゃったけれど、間違ったって思ってる。きらりもそうだよね」

 何を考えているか分からない男。

 本当にどうしてこんな男と結婚してしまったのか。後先考えず、気持ちを優先して妊娠までした。


 私の隣にいる雄也さんは林太郎の軽薄な言葉に怒りで震えている。

 私は林太郎をぶん殴りたいと思っていた。また、彼は心にもない事を言っている。それは、私を守る為だったり、自分のプライドを守る為だったりするのだろう。


 そんな表面上の言葉が彼の真意でない事が分かってしまうくらいには、私も彼を理解していた。


 しかしながら、どうしても今の彼の言動が許せない。

 彼はお腹の子の父親。

 いつまでも、自由奔放で自分勝手な御曹司キャラを維持させるつもりはない。


 私は立ち上がり、ゆっくり林太郎に近付く。

「林太郎、歯を食いしばりなさい

「えっ?」

 私の態度に驚き理解できないというな表情を浮かべる彼の頬を私は思いっきりグーで殴りつけた。

(お前のプライドとかどうでもいい! 私も変わるからお前も変われ! この子の為に)


 まだ、聴覚だって発達してなくて、私達の会話はお腹の子には聞こえてないかもしれない。

上手くいかなくて最初に離婚だとか言って逃げようとしたのは私。でも、お腹の子と林太郎がこの間見せてくれた弱さが私を強くした。


 (やっぱり、年下なんか好きになるんじゃなかった。頼れるように見えて、やっぱり子供じゃないか)


 私は頬を抑えて目を丸くする林太郎を睨み付ける。

「私の事好きなんでしょ。だったら、もうブレるな! 逃げるな!」

「⋯⋯ふぁい」

 私は目にうっすらと涙の膜を張って見つめてくる林太郎を引き寄せ、思いっきり抱きしめた。





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