「苺、いいか、お前は何も悪い事をしていない。結婚してるって知らなかったんだよな」
「はい。信じてくれるんですか?」
「当たり前じゃないか。苺が不倫なんてする奴じゃないって知ってるよ。5年前からお前のこと見てるんだぜ」
林太郎の言葉に胸が詰まる。
私は何でそういう言葉を苺に最初に掛けられなかったのだろう。
彼女が不倫をするような子だとはないと分かっていなのに、これからの対応ばかり考えてしまっていた。
「付き合い始めたのは半年前からか?」
「はい。どうして分かるんですか?」
「だって、恋の歌作り始めたじゃん」
私は二人のやりとりを見ていて、胸がいっぱいになっていた。
私は苺が不倫なんてする訳がないとは思っていた。
でも、全く疑ってなかったかと言われれば嘘になる。
純粋そうに私にも演技して見せていたのではないかと疑った。
林太郎はいつも自分の見たものが全てだと信じる。
傲慢なくらいのその考え方が嫌だと思った時もあったけれど今は心強い。
「私の初恋だったんです。小さい頃から憧れてた人でしたし。そんな人と付き合えて有頂天になってたんだと思います」
苺が震える体を抱きしめるように語り出す。
「恋に疎い女の子が騙された証拠は一つでも多くあった方が良いな。今、録音しながら電話して、倉橋カイトに」
林太郎の言葉に苺が震える手でスマホを持つ。
「⋯⋯あっ出ないや」
苺が絶望したような顔をした。
私は今彼女の気持ちが手に取るように分かる。
自分が本命ではないと分かった時の感覚。
自分が思うほど、相手は自分の事を思っていないと気がついた時の失望。
「俺の推理を言うよ。これは、倉橋カイトの妻が仕組んだ罠だな」
「へっ?」
私は林太郎のいう言葉に思わず変な声が漏れてしまった。
不倫の一番の被害者である倉橋カイトの妻が仕組んだなんて斜め上の考え過ぎる。
「まあ、まずはこの不倫報道に関する世論を見ろよ。誰一人奥さんが可哀想ってコメントをしていない」
林太郎に見せられた口コミ一覧を見るとその通りだった。
「どうしてか分かるか?」
「奥さんがセクシー女優だから?」
林太郎の問いに私はすぐさま答える。
勝手な偏見かもしれないが、世界に局部を見せられるような女が不倫如きで傷つくとは思えない。
「その通りだ。普通のOLがキャバ嬢になって、もっとお金が必要で風俗嬢やセクシー女優になったら、人は落ちたもんだなと同情する。でも、自分はどんどん上り詰めていると考える人間がいる」
「稼ぐお金が増えてるからだよね」
私が言った言葉に林太郎が頷いた。
苺には伝えていないが、彼女にもセクシー女優デビューのオファーがあったりする。
何億円ものオファーだが、彼女は受けないしオファーがあった事に傷つくと思うから話してはいない。
「どれだけ金を積まれても、全裸を世界に発信しない。ほとんどの女性の常識だ。その常識を持たない金至上主義のセクシー女優の考えを自分と一緒に考えるな」
「つまり、倉橋アンナはお金目当てで苺と自分の夫の事を週刊誌にリークしたってこと?」
「だろうな。それにこのままだと倉橋カイトに一生隠される自分が公に出られるっていうのもあるだろうな」
倉橋アンナ公に出られるかは不明だ。
倉橋アンナはもうアラフォーでセクシー女優を引退している。
倉橋カイトの女だという箔がついたところで需要があるとは思えない。
「来週には被害者ヅラで倉橋アンナがメディアに出るだろう。その前にカタを付けるぞ」
林太郎が目の前にバラバラと並べた証拠の数々に私は息を呑んだ。