『苺、可哀想。初めての恋だったのにトラウマにならないか心配』
『倉橋カイトがまじ最悪。落ち目だからって売名じゃね。そもそも、熟年セクシー女優と結婚してるとか⋯⋯』
『完全に被害者。スポンサー企業が苺をこれで切ったら軽蔑する』
世論とはあっという間にひっくり返るものだったらしい。
林太郎が用意していた爆弾に世間はあっという間に苺に同情的になった。
マンション前の監視カメラにはしっかりと映像でだけでなく音声が記録してあった。
『苺って俺が付き合うの初めてなの。可愛いな。絶対、結婚しようね』
倉橋カイトが苺を撫でながら愛おしそうに言う。
『本当に? 初めて好きな人と結婚できるなんて運命だね。今すぐ詞が書けそう』
目を輝かせながら倉橋カイトに抱きつく苺は全てを知った後だと痛々しく見える。
彼女が仕事に真摯で本当に倉橋カイトを好きなのに騙されているのが一目で分かった。
CM8本は全て継続。それどころか、苺の今まで書いた歌詞に深みが出たと曲が売れまくった。
そして、一週間後に倉橋アンナがセクシー女優として復活。
まさかの妊婦もの、お腹の中にいるのはアイドル倉橋カイトの子だということで話題になった。
『お腹の子が可哀想』と非難を浴びつつも、結局、売れてお金になれば良いらしい。
同じ母親としては軽蔑するが、誰に蔑まれようが彼女にとってはどうでも良いのだろう。
撮影や販売のタイミングを考えると倉橋アンナが浮気癖のある夫を利用した売名。
そして、苺と不倫疑惑があった倉橋カイトは今度は黒田蜜柑と自宅不倫を撮られて炎上した。
黒田蜜柑は苺とは異なり、今はほとんど名前を目にしなくなっていた。
私は昔、黒田蜜柑が倉橋カイトと付き合うのは話題になる為と言っていたのを思い出す。
忘れられていた黒田蜜柑を人々は思い出し、蜜柑はここぞとばかりに演奏動画をネットにあげて視聴者数を増やしていた。
誰が見ても、苺より黒田蜜柑の方がしっかりと音楽教育を受けた演奏をする。
しかし、売れるのは苺の方なのだから不思議な世界だ。
寝室で私は蓮を寝かしつけながら、考えていた。
苺は今回の件でより強くなった。
私ではどうにもできない事を林太郎がまた解決してしまった。
(これで良いのかな⋯⋯)
落ち込んでいると後ろから林太郎が抱きついてくる。
「なっ、なに?」
「なんで沈んでるの? 全部上手くいったじゃん」
林太郎はいつも自信満々だ。
まだ、苺を非難するような声は一部あるけれど結局損害もなく全てうまくいった。
でも、私の中にはいつものようにモヤモヤが残る。
「全て、林太郎の手のひらの上?」
彼と一緒にいると感じるこの浮いたような感覚は何だろう。
絶望しても直ぐに解決してくれるスーパーマンな彼。
それでも解決してもらった後に、いつも心に引っ掛かりが残る。
「どこが? そもそも、きらりが俺の手のひらの上で転がせられてくれた事があった?」
急に真顔になる彼に私はどうして良いかわからなくなる。
結婚して子供もいるのに、私はいまだに彼が掴めない。
全てが分からない方がミステリアスと人は言うかもしれないが、私は全てが理解できる安心が欲しい。
「分からない。私が振り回してる気がするし⋯⋯振り回されている気もする」
私が本音を呟くと、急に体が宙に浮いた。
横抱きにされている体に、私は思わず足をバタつかせる。
「手のひらで転がされてくれなくても、せめてベッドの上で転がさせて」
「待って、2人目とかまだ無理だよ。ひ、避妊!」
私が大きな声をあげると、扉をゆっくりと開けて寝ぼけ眼の蓮が寝室に入ってくる。
「ママー、僕もまだ寝ないで遊びたい」
「蓮、部屋に戻って1人で寝なさい。ママとパパは遊んでいるんじゃないんだ」
「ううん。おいで蓮」
私は林太郎をキングサイズのベッドに招き入れる。
不満そうな林太郎を私は睨みつけた。
「再来月、結婚式だよね。せめて、それ終わってからじゃない?」
私たちは結婚5年目にしてやっと結婚式をする。
もう、周りの人は私たちの結婚を知っているが、やはりケジメとしてお披露目をする必要があった。
「2ヶ月じゃお腹も目立たないからいいじゃん」
林太郎の身勝手な言い分に私はまた彼を殴りたくなった。
(2ヶ月ってつわりとかで一番キツイ頃だわ⋯⋯)
彼が私に「離婚しよう」といったあの日。
私は拳で彼にそんな選択肢はないと分からせた。
彼も色々悩んでいたようだが、殴られたことで目が覚めて腹を据える覚悟ができたらしい。
私はハネムーンベイビーだった蓮を抱きしめる。
林太郎に似た女顔の可愛い男の子。
色素の薄い瞳とサラサラの髪の毛が可愛い。
私はこの子をまだ林太郎の母親に見せていない。
為末家を追い出されたマリアさんとはあのままになっている。
「パパのお母さんにも結婚式には会えるんだよね」
蓮が私の心を読んだようなことを言ってきて、私は頷いた。
招待状は出したが、来てくれるかは分からない。