結婚式当日。
私と林太郎にとっては2度目の結婚式だ。
バリでした結婚式は彼が私の為に用意したもの。
そして、この結婚式は私たちがお世話になっている周囲へ披露するためのもの。
今は解散した『フルーティーズ』が集結する。
桃香はわざわざフランスから駆けつけてくれた。
控え室で私たちは集合していた。
もう、36歳だと言うのにプリンセスのようなウェディングドレスに身を包む自分が気恥ずかしい。
「梨子姉さん本当に綺麗です」
潤んだ瞳でいう桃香は本当に大人になった。
フランスで一人で頑張っていて、今ではパティシエの見習いだ。
「今日はガッツリ余興で『卒業は終わりの始まり』歌いますからね」
今となってはスキャンダルを乗り越えシンガーソングライターとして成功した苺。
本当に頼もしい。
「この四人が揃うのってあと何回くらいでしょうかね」
りんごが切ない事を言うので私もしんみりししまった。
年齢もバックグラウンドも違う私たちがアイドルとして走り抜けた短い時間。
今はゴールテープを越えた場所にいるのだろうか、それとも⋯⋯。
控え室をノックする音と共に、五年ぶりの人が顔を出す。
苺も、りんごも、桃香も世代的には知らないだろう。
かつて伝説のモデルであり女優でもあった林太郎の母親MARIAだ。
一時の整形依存プリを脱したのか、何だかスッキリした顔をしていた。
「お義母さん、本日は来てくださってありがとうございます」
「⋯⋯少し話したい事があるから、外してくれる?」
苺、りんご、桃香は察したように部屋を出て行った。
狭い控え室に私とマリアさんの二人になる。
5年前、罵り合うように別れたっきりだ。
それなのに、息子の晴れの舞台に彼女は顔を出してくれた。
元モデルで高身長でスタイル抜群。流れるような艶やかな髪は若々しい。
一般人ではとてもきれないようなマーメイドラインの真っ赤なドレスが似合っている。
「いい気なものね。私から何もかも取り上げて幸せになるつもり?」
殺意を感じる眼差しに私は自分の甘さを思い知った。
彼女は今日私の結婚式をめちゃくちゃにしようと思ってきたのだ。
「そんなつもりはありません。林太郎さんは今幸せだって言ってくれてます。今度、孫を見に遊びに来てください」
私の言葉は火に油を注いだようだ。
目の前にきらりと光るナイフを出され血の気が引いた。
いわゆる一時ドラマで流行ったバタフライナイフだ。
私が幼い時のドラマだったから記憶は朧げだが、主演男優が使っていてカッコ良いと若者に受けた。
実際、目の前に出されるとカッコ良いより、怖いという気持ちがデカい。
マリアさんの瞳が血走っていて、脅しではなく本当に私を殺したいと思っていると分かるからだ。
「そんなの知らないわ。あなただけ幸せになるなんて許さない」
お腹に鋭い痛みを感じると、私は腹部を刺されていた。
ここまで彼女に恨まれているとは思ってもみなかった。
意識が遠のきそうになる中、部屋から去っていくマリアさんの後ろ姿を見た。
私はそっとナイフを抜くと、じわりと血が流れ出てくる。
何とか気合いで意識は繋げれるけれど、こんな姿では外に出られない。
傷はそんなに深くはないはずだ。
ナイフも小さい物だし、女の力で刺した程度だから簡単に抜けた。
ドレスが白いから赤い血が目立つけれど、私はちゃんと結婚式をやれる。
私は必死に自分に言い聞かせた。
遠くでトントンと音がしたかと思うと、雄也さんとルナさんが現れる。
「梨子さん、結婚おめで⋯⋯」
お祝いの言葉をかけてくれようとしたルナさんが固まる。
雄也さんは慌てて私に近づき、ぐっとお腹を押さえつけ止血してくれた。
「梨子さん、一体何が? 誰がこんな事を?」
ルナさんが真っ青な顔をしている。
出会った頃は私を罵倒してきた彼女も今は心配してくれているようだ。
「ちょっと、手を滑らせちゃって⋯⋯」
花婿の母親に刺されたなど言える訳がない。招待客が大勢来ていて、『フルーティーズ』一回限りの復活とばかりに報道陣も押し寄せている。
何より林太郎とおばあちゃんに会いたがっていた蓮がショックを受ける。
ここは私が何とかやり過ごせば済む事だ。
ルナさんが足元に転がるナイフを見るのが分かった。
私は慌ててナイフを拾い、サイドテーブルのクロスで手元を拭く。
「きらりさん。今、救急車を呼びます」
雄也さんがスマホを手にしたのを見て私は首を振った。
そんな私を困ったような顔をして彼が見つめ返す。
彼を選んでいればこんな目には合わなかったと一瞬思う。
でも、こんなクレイジーな母親を持ちながら、明るくパパをやってる林太郎を愛せずにはいられない。
(しっかりしなきゃ、私は『果物屋』の社長だ)
浮気されて捨てられ、仕事を失ってどん底で泣いていた私のままではいられない。
私には守るべき人たちがいる。
蓮という愛しい子供と夫としては未熟にも見える林太郎。
それに、『フルーティーズ』のメンバーだ。
「結婚式は二時間、長引いても三時間程度です。一公演と同じです。私は大丈夫、笑顔で乗り切れます」
私の言葉を聞くなりルナさんは私のベールを取った。
「このベールをお腹に巻いて、血の汚れを隠しましょう。頭には花冠を被ってはどうですか? あそこに飾ってある花で私がリースを作ります」
ルナさんの見つめる先には真っ赤な薔薇が100本くらい花瓶に飾ってあった。
確かに結婚式の開始まであと10分もない。
新しいドレスを探すなんて不可能だ。レースのベールの代わりに花冠なんてオシャレかもしれない。
私の妊娠発覚の時も彼女は産婦人科に連れて行ってくれた。
ラララ製薬で怒鳴り散らしてた子と同一人物とは思えない程、彼女は頼れる素敵な女性になった。
確か99本のバラには『永遠の愛』みたいな意味があったはずだ。
今にも事切れそうなくらい朦朧としそうになるけれど、私は林太郎を幸せにすると彼を五年前に殴った時に誓った。
それが「永遠の愛」かは分からないけれど、きっと誰かを幸せにしようとする気持ちは永遠に辿り着く。
同じような気持ちを私は息子の蓮にも抱いている。
「流石クリエイターだね。ありがとう。ルナさん」
ルナさんは目に涙を浮かべながら、必死に今できることをしようとしてくれた。
「ウェディングドレスを一回脱いでくださいますか? 僕は今できる処置をします。結婚式が終わったら直ぐに病院に連れて行きます」
「ありがとうございます。流石、雄也さんはお医者様ですね」
控え室で二人は私に応急処置を施してくれた。私は薄れゆく意識を繋ぎ止めながら、絶対にやり遂げて見せると誓った。