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第119話 ⋯⋯あの人、来てたんだな。

披露宴会場に移る。

光の雨が降り注ぐようなシャンデリアに、錚々たる参列者が照らされていた。

林太郎の会社関連の人間や、芸能関係者。

私はこの場を何とか成功に導かなければならないと気が引き締まった。


私と林太郎の間に座った蓮がキョロキョロしていた。

蓮は林太郎の父親の隣に母親らしき人がいないからだろう。

彼は今日、マリアさんに会えるのを楽しみにしていた。


「パパのお母さんは?」

「気まぐれな人だから旅にでも出たんじゃないかな。その内会えるよ」

林太郎が蓮をなだめている。

マリアさんから結婚式に出席するという返事はもらっていた。

でも、その当日来る確率は半分くらいだと林太郎も言っていた。


実際、彼女が会場に現れた事を見た人間は少ないだろう。

昔モデルだっただけあって、スタイルが抜群だから少しは目撃証言があるかもしれない。

それでも、控え室で起こった事は私と彼女しか知らない。


桃香が作ったウェディングケーキが運ばれて来た。

「実はこのウェディングケーキ元『フルーティーズ』の瀬谷桃香さんが作ってくれました」

3段重ねのウェディングケーキはフルーツが沢山使われていた。

苺、りんご、梨、桃に蜜柑だ。均等に切られクリームで可愛く飾りつけられてる。


「あっ。『フルーティーズ』ってこと?」

私が呟いた言葉に林太郎が吹き出している。

「多分、この会場で最後に気がついたのがきらりだよ」

「蜜柑も載せているところが、桃香らしいね」

黒田蜜柑は私が『フルーティーズ』に入る前にやめた人気メンバー。


彼女に対して反感を持っていたように見えた『フルーティーズ』メンバだったが、実際は仲間として思い合っていた。


私たちにケーキ入刀のナイフを渡してくれる桃香。

出会った頃、13歳だった彼女も今は19歳だ。

彼女は思いやりに溢れる気遣いの子で、母親にアイドルをやらされていた。

今では自分で見つけたパティシエという夢に向かって頑張っている。

可愛いく守ってあげたくなる最年少として人気だった彼女も大人になった。


「桃香、素敵なケーキをありがとう」

「ふふっ、きらりさんお幸せに」

いつも梨子姉さんと呼ぶ彼女にきらりさんと言われて少し照れる。

蓮がケーキを切りたがったので、彼の手に私と林太郎が手を重ねた。


「次はファーストバイトです。新郎が新婦にケーキを食べさせ『一生食べ物に困らせません』と誓い、新婦が新郎に『一生おいしい料理を作ってあげます』という誓いをします」

司会が次のアナウンスをする。

人様の結婚式で散々見てきたファーストバイトだ。

林太郎が笑顔でスプーンで大盛りのケーキをすくうと一斉にフラッシュがたかれた。


応急処置で止血してもらっているとは言え、お腹の傷は痛む。

私が端っこの部分だけを齧ると、林太郎が一瞬不思議そうな顔をした。

彼は「いっぱい食べる私が好き」だと日頃から言っている。


察しの良い彼に何か勘付かれたかもしれないと思いながらも、今度は私の番とばかりにスプーンに掬ったケーキを彼に食べさせる。

わざと頬につけながら食べる彼のあざとさに笑いそうになると、じわっと刺された部分に違和感を感じた。


(⋯⋯まずいかも)

この後、私もフルーティーズの衣装に着替え、『卒業は終わりの始まり』を踊る。

「それでは、新郎新婦はお色直しで一旦席を外させて頂きます」

司会の言葉に私と林太郎は席を外し、蓮を一旦母に預ける。

披露宴会場から出るなり、林太郎は私の顔を覗き込んできた。


「きらり、体調が悪いんじゃないのか? あとは俺の方で何とかするからこのまま上の部屋で休んでても良いぞ」

「私は元気だよ。ほら、早く新郎も着替えなきゃでしょ」

私は口角を上げて笑顔を作り、訝しげな林太郎の背を押して新婦の控室に行く。


新婦の控え室の床には血がついていたはずなのに、今は綺麗になっていた。

苺とりんごと桃香は既に着替え終えている。流石みんなコンサートで何度も着替えて来ただけあって、早着替えが得意だ。


「なんかワクワクしますね。久しぶりだけど踊れるかな」

りんごが目を輝かせていて、振り付けの復習をしてしている。

「私は歌のレベル上がったよ」

苺は自分の歌唱スキルに自信がついたのか、得意げだ。


「梨子姉さん、今、ウェディングドレス着替えるの手伝いますね」

桃香が「梨子姉さん」呼びに戻っている。

やはり、このメンバーの中だと私は梨子姉さんらしい。


後ろに回って、ファスナーを途中まで下ろした桃香の手が止まるのが分かった。


「な、何これ? 血」

「気にしないで、桃香、少し切っちゃっただけだから」


苺とりんごが私の腹部を見て目を見開く。


「私、為末社長を呼んできます」

「待って、りんご! 私は大丈夫だから」

行動派のりんごは私の静止も聞かないで控え室の外に出てってしまった。


「誰かに刺されたんですか? なんで隠してたんですか?」

苺の目に涙が溢れ出す。私は慌てて近くのティッシュで彼女の目元を拭いた。

綺麗なメイクしているのに、崩れてしまう。


「ちょっとドジっちゃっただけだよ」

私は自分でウェディングドレスを脱ぎだすと、その手を桃香が強く握って来た。


「今、梨子姉さんが大切なのは何ですか? 予定通り結婚式を行うこと? 社長として5年ぶりに『フルーティーズ』のパフォーマンスを成功させる事?」

「それはどっちもだよ。あと1時間くらい何とかなる」

「私は梨子姉さんが大事です。だから、この状態でパフォーマンスはさせられません。苺、披露宴会場の渋谷ドクター呼んできて」


苺は桃香の指示に涙を拭くと、「分かった」と言って部屋を出て行ってしまった。

入れ違いにりんごと林太郎が入ってくる。

林太郎はブライダルインナーに血を滲ませた私の姿を見て、血の気が引いていた。


「⋯⋯あの人、来てたんだな」


顔を顰めて屈んで私のお腹を必死に抑える林太郎。

今日は私たちの結婚式だ。彼の幸せな顔を見たかったが上手くいかなかった。

思い起こせば、彼に隠し事をして隠し通せた事がない。


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