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第14章 アイドルは賢い

第121話 誘拐して欲しかったですか?

「ぷっ、きらりさん誘拐なんてしないですよ。街中走るより、この道の方が近道なんです」

雄也さんは私の考えを読み取ったかのように受けている。


「そう何ですか⋯⋯」

「誘拐して欲しかったですか?」

私はブンブンともげそうなくらい首を振った。


「吊り橋効果って分かりますか?」

「ジェットコースターのドキドキを恋愛感情と勘違いするやつですか?」

雄也さんの質問を質問で返してしまい思わず笑われる。


「不安や恐怖を感じる状況に出会った人に好意を抱きやすくなる現象です。僕はまず、それで貴方の不安に漬け込み心を奪おうとしました」

私は雄也さんと出会った時のことを思い出した。

ずっと付き合っていて結婚すると思っていた元カレ雅紀が結婚していた。

その事で不倫疑惑をかけられ、仕事まで失った。

アラサーで恋も仕事も失った私は不安と恐怖で、精神を病んだ。


「どうして、今、そんな事を言うんですか?」

「僕は林太郎君も同じ方法できらりさんの心を奪おうと思ったと誤解していたからです」

私は全く何を言われているのか理解できず、首を傾げる。


「不安と恐怖を共に乗り越えた達成感、一体感で恋愛感情が生まれます。きらりさんにとってアイドル活動が不安や恐怖との戦いだったと気がついたのは、貴方に振られた時です」

雄也さんは私が林太郎に恋愛感情を持ったのは、吊り橋効果だったと言いたいのだ。


そして、私は振り返ってもそれを否定できない。

アイドル活動は私にとってストレスでしかなかった。

派手な外見で誤解されるが、私は出たがりではなく割と内向的な性格をしている。

それを無理やり外見に合わせて、明るく元気に振る舞っていたから精神はいつも疲弊していた。


「林太郎を好きになったのは確かにアイドルジェットコースターに一緒に乗ってたからかもしれません」

私の言葉を聞くなり雄也さんは自嘲気味に笑った。

「だから、僕は林太郎君にきらりさん争奪戦において戦略的に出し抜かれたと思って彼を恨んでました」

「ええっ?」

私は林太郎の気持ちは結局、雄也さんに勝ちたいだけなのではと疑った事はあった。

でも、雄也さんは私を純粋に思ってくれていると信じていた。


「きらりさんの事、本当に好きでしたよ。だから、サプライズ効果も利用しました」

混乱する私の心を読み取るような声を掛けられる。


「運命の出会いの演出と、突然ラスベガスに現れたアレですか?」

「そうです。ただ、約束して会うよりも、効果的です」

雄也さんは今何を考えてこんな話をしているのだろう。

まるで犯行を自白する犯人のように淡々としている。


「なぜ、僕がこんな話をするか分かりますか?」

私は思わずビクッとなってしまった。もはや心を読まれているようで怖い。

精神科医ってこんな感じなのだろうか。

彼は私の心の機微が手に取るようにわかってそうなのに、私は彼が何を考えているのか全く分からない。


「戦略をミスって悔しいからです。きらりさんはダメンズ好きだというヒントは最初に出されていました」

「ヒ、ヒント?」

「誰が見ても元カレ研修医はダメンズです。アレと14年付き合えるきらりさんは相手が弱いところを見せるほど高まるタイプだったという事です」

非常に指摘されたくない部分を指摘されて私はお腹を押さえながらも項垂れた。


「林太郎ってダメンズですか?」

私が見る限り、林太郎は欠点のない人だ。

頭の回転も早く、ルックスにも恵まれている。


「林太郎君は優秀ですよね。非の打ち所がない。だけど、きらりさんだけには弱みを見せていたんではないですか? さっきの彼を見てそう思ったんです。完璧な彼が大好きなきらりさんには下手くそに接していたんだろうなって⋯⋯」

私は今までの林太郎を思い出していた。

(ああ、本当に下手くそだ)


仕事の根回しとかは得意だろうに、私に対しては酷いものだった。

新婚旅行でさえ、行き当たりばったりで二人っきりの結婚式を突然したりした。

私はいつも彼の行動に驚きと困惑をしていた。


今まで恋人がいなかったと言っていたが、私が初恋なのではと思うくらい彼は恋愛が下手くそだった。


「僕も弱みをもっと見せたり、自然体できらりさんに接すれば良かったと思いました。後悔が残る恋の終わり方ですが、僕は負けを認めます。きらりさん林太郎君と蓮君と幸せになってください」

雄也さんは切なそうな顔をしていた。彼は私から見て完璧な落ち着いた男だった。


⋯⋯彼に弱みなんてあったのだろうか。

若くして責任ある立場についた彼にはきっと悩みがあったはずだ。


「雄也さん、ルナさんとはどうなんですか?」

私の質問に急に車が止まった。

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