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第122話 今度、きらりのワンマンショー見せてあげて! 

ふと、外を見ると新渋谷総合病院に到着している。

ここの芝生で熱唱して、『バシルーラ』の友永さんにスカウトされたのが懐かしい。

今、彼は塀の中だ。


この6年で色々な事が変わった。

「到着しました。今、ストレッチャーを呼びます」

運転席まで手を伸ばし、スマホを掴んだ雄也さんの手首を掴む。

「目立ちたくないんです。こっそりと手当てしてくれませんか?」


刺し傷は浅い、八針くらいは縫いそうだがストレッチャーで運ばれる程ではない。

血を流しっぱなしのせいか、貧血で意識は朦朧とするが歩ける。


「すみません、流石にムカついたので意地悪しました。今、裏口まで車を回しますね」

雄也さんがニコッと笑っているが、額に青筋が立っているように見えて怒って見える。


「あの? 私、何か怒らせるような事言いました」

「はい。自分が好きだった相手に他の人を勧められたらどう思うか考えてみてください」

「⋯⋯はい」

私はシングルマザーで頑張っているルナさんに雄也さんがついていてくれたら安心だと思った。

でも、確かに雄也さんの気持ちは考えていなかった。


「言葉に出す前に一度相手の立場になって考えることをお勧めします。結構、無自覚に今まで人を傷つけていると思いますよ」

今までそんなこと言われた事ないが、結構きつい指摘をされて私はぐさっときた。


「雄也さんも私の言葉に傷ついたりしましたか?」

「傷つけられても一緒にいたいくらい好きでした。だから、他の女を薦めるような事は言わないでください」

「分かりました」


今まで温和な彼しかみてこなかったが、彼は厳しい面も持っていたようだ。

全然知らないで、彼は穏やかで何でも受け入れてくれるような包容力を持った人だと判断していた。

私は自分が派手顔で誤解されやすいのを嫌だと思っているのに、同じように人を外見やスペックで見ている。

(⋯⋯浅い、私もまだまだだな)


「きらりさんは優しいから、ルナの事を心配で言った事だとは分かってますよ」

雄也さんがまたニコッと笑う。彼は飴と鞭の使い方が絶妙だ。


「雅紀はノゾム君に何の責任も果たしていないんでしょうね」

私は記憶の彼方に追いやっていた元カレを思い出す。

彼は私と付き合いはじめの頃はもっとまともだった。

あのような自己中心的な男を生み出してしまったのは、ダメンズ製造機の私だ。


「月に一万円の養育費を払いたいと言って来たみたいですよ。子供育てるのに幾らかかるか勉強してから来いとルナに突き放されてましたが⋯⋯」

私がルナさんの立場だったら、あの雅紀がお金を持って来たと言うことでヨシヨシして許してたかもしれない。

ルナさんなら、雅紀も正しく育てられそうだ。


「到着しました。きらりさん、立てますか」

「はい」

車の扉を開けて支えてくれる雄也さんを見て、彼と結ばれる未来があったかもしれないと不謹慎にも考えてしまった。

でも、私には林太郎と蓮がいる。


唐突な行動で私を困らせる林太郎には恋を超えたような愛おしさを感じてしまうし、彼に似た息子の蓮も堪らなく可愛い。

雄也さんは素敵な人だから、きっと私ではない誰かとまた恋に落ちるかもしれない。

先程の恋泥棒の自白のような物言いは私への気持ちに区切りをつけたように感じた。


結局、私はお腹を10針縫った。

処置が終わったところで、スマホを見るとメッセージが届く。

『今から病院に迎えに行って良い? 怪我が心配。披露宴はフルーティーズの活躍で大成功! 蓮が間近なアイドルに大喜びしてたぞ。今度、きらりのワンマンショー見せてあげて!  林太郎』


『私は元気! 家で待ってて! そのほうが早く家族でまったりできるから! きらり』


私はスマホをしまうと愛すべき家族のいる家へと急いだ。


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