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第二十五話 後継者候補

 流石にイラッときたから殴り倒してやろうと拳を握ったタイミングで、背後から羽交い締めされたわ。誰がしたかは考えなくても分かる。クロノスね。

 手の位置を少し間違えていたらクロノスをぶん殴ってやったところだけど、ちゃんと意識してズラしてあるわね。前は思いっきり胸を掴んできたからぶん殴ってやったけど⋯。


「腹が立つからと言って最高神さまを殴るのはダメだ、ミラベル」

「殴ったところで死にはしないわよ!」

「確かに殴っても死なないが、最高神さまが殴られて喜んだらどうする? 私はそんなお姿を見たくないんだ」

「その可能性があるのね⋯⋯それは気持ち悪いから見たくないわね。離していいわよクロノス、もう殴る気はないから」


 クロノスが羽交い締めを解き少し離れたところで、ジジイを見ると小さくなっていじけていたわ。本当にめんどくさいわね。


「もう少し最高神として敬ったらどうじゃ。これでもワシは凄いんじゃぞ⋯⋯」

「はいはい、ジジイは凄いわよ。凄い事は分かったから話を進めてくれる?」


 仕事の事もあるし、ケイトがどうなったのかも気になるのよね。途中で切り上げる羽目になっちゃったから、あの後どんな展開を迎えたか気になるわ。早く帰って見たくて仕方ないのよ。

 ライアーにBシリーズと連絡を取り合うように伝えてあるから、教会を通じて『聖女』の誕生は世界全土に広がると思うわ。そうなるとケイトは必然的に引き摺られる。最初は聖女の幼なじみという彼個人を指さない肩書きからスタートする事になるわ。それが徐々にケイトの事を指す肩書きへと変わる。

 その時がきっとケイト心から望んだ英雄とくべつになる瞬間。


 バリスとの戦いは敗北に終わったけど、ギリギリの戦いをした事で魂は少し成長していた。ほんの少しずつだけど、試練を通じて成長していきましょうケイト。

 同時に貴方の敵として立ちはだかるバリスも、貴方との戦いで魂が成長したわ。最初の試練で使い捨てる気でいたけど、面白い展開になってきたわよね。バリスもいい感じにケイトに執着しているみたいだし、ライバル関係を築かせると楽しいかも。

 いいわね!楽しくなってきたわ!


「定命の者に向けるその優しさをほんの少しで良いからワシに向けてくれぬか?」

「無理ね」

「無理ですね」


 またジジイが拗ね始めた。今日はいつになくめんどくさいわね。クロノスに目配せすると、無言で首を振られたわ。

 私がしないといけないのね。ため息を吐いてからまた小さくなって拗ねているジジイに近付いて、ハグをする。胸に顔を埋めてきたので引っぱたいてから離れたわ。


「今のが私からの優しよ。満足した?」

「⋯⋯70点ってところじゃな」

「ねぇ、クロノス。ぶん殴ってもいいかしら?」

「話が進まなくなるから我慢してくれないかな?既に無駄なやり取りで時間を消費している事だしね」

「仕方ないわね」


 部屋を見渡すととジジイの作業用の机と椅子以外何も置かれていないのが分かるわ。私たちが来るって分かってるんだから、椅子くらい準備しなさいよ。

 抗議の視線を向けるとジジイが楽しそうに笑いながら椅子を出してきた。真っピンクの椅子とか趣味が悪いわね。座る以外の用途がないから、別に色なんてどうでもいいのだけど。私とクロノスが椅子に座るのを確認すると、ジジイが楽しそうに笑いながら口を開いた。


「席に着いた事じゃし、先程の話の続きといこうかのぅ」

「それで、私たちが育てている英雄が後継者候補ってどういう事かしら?」

「うむ。言葉通りの意味じゃよ。二人が育てている英雄の魂が育ちきれば⋯⋯それはもう優秀な神となるじゃろう」


 クロノスはうんうん、と首を縦に振っているわ。どこか誇らしげね。ジジイの言葉に賛同しているって事は、余程その英雄に入れ込んでいるのね。

 私の方はどうかしら?確かにケイトを英雄として育てようとはしているけど、彼はまだまだよ。英雄の原石ですらないもの。ケイトが神になる姿は想像もつかないわ。


「勘違いしないように言っておくと、其方たちはちゃんと、ワシが創ったから安心すると良いぞ。最近は英雄から神になる者も増えてきたたから其方たちの考えはあながち間違いではないのぅ」

「以前お聞きした話ですと、最高神さまはここ数百年はと仰っていましたね。つまり最近増えた天使や神は」

「そういう事じゃよ」

「それは天使や神の質が低下している事も関係しているわよね?」


 ジジイは何も言わなかったけど、ニヤリと笑った。思わずクロノスの顔を見合わせる。ここに来る前にその話題で話したところだったわね。ジジイの力が衰えたから、天使や神の質が落ちたと考えていたけど違うみたいね。


「一つ聞いていい?」

「なんじゃ?」

「ジジイは神を創らないだけ?それとも創れないの?どっちよ」

「後者じゃな。ワシには以前のように天使や神を創る力は残っておらぬ」


 最高神のジジイ以外に天使や神を創れる者はいない。けど、数は少ないけど天使や神は増えている。ジジイが言ったように魂の育ちきった英雄が神へと至っているのね。

 それにしたって質が悪いわね。私の記憶違いでなければ英雄からの叩き上げの神は優秀な者が多いわ。聖女から神になった者は更に優秀よ。私の身近にいるからそれはよく知っているわ。


 英雄から神に至ると言っても簡単な話ではないわ。魂が成長しきるまでどれだけの年月が必要なのか? どれだけ多くの試練を乗り越える必要があるのか? 考え出したらキリがないわ。

 特に重要なのは善性ね。神となる以上、悪行を積むことを許されない。善行よりも悪行が多い英雄が神へと至っても悪神になるのが目に見えているわ。

 聖女が天使や神へに至る事が多いのは彼女たちが善人だからよ。そもそも心が清くなければ聖女にはなれないものねー。


 英雄と呼ばれる者は多くの試練を乗り越える過程で数多くの命を奪ってしまう。血に汚れた道を進めば必然と悪行は増える。悪に染まらないように神が導く事で正道へと進むのだけど、加減が難しいのよね。

 善行を積ませようとすると魂は成長しない。魂を成長させようとすると悪行を積んでしまう。ここら辺のさじ加減が本当に難しい。


 ジジイは私が育てている英雄は優秀な神になると言っていたけど、どれだけの年月がかかるかしら?仮にケイトを神にまで押し上げる計画を立てるなら千年単位で時が必要よね。

 ⋯⋯流石にそこまでする気はおきないわね。


「うむ、ミラベルの方はかなり時間がかかるじゃろうな。それに根気もいる」

「でしょうね。だって元が英雄じゃないんだもん」

「だからこそ、育てるのが楽しいのだろう? 君も私と同じ喜びを見つけたみたいで安心したよ」

「貴方と一緒にしないでくれる、クロノス」


 確かに他の定命の者に比べればケイトに入れ込んでいるし、執心している自覚はあるけど、クロノスのようにボーナスを使ってまで魂の抱え込みを行おうとは思わないわ。

 クロノスの場合はその定命の者に執心しすぎて、他の世界を全て部下に丸投げしているとか。ロロ経由だけど、カーミラが愚痴ってたわよ。


「貴方はいつから男好きになったのよ、クロノス。カーミラが上司が変態で辛いって言ってたわよ」

「失礼な事を言うね。私は変態ではないし、男好きという訳でもない。好きになった者が⋯⋯今は男の姿をしているだけさ」

「あら、って事は魂の形が定まってないのね。女の時もあるの?」

「そうだよ。私が初めて会った時は彼は女性だった。美貌もそうだが、魂の輝きを見て一目惚れしてしまったんだ。君も一度見たら心が惹かれると思うよ。『聖女』の魂はそれだけ魅力的なんだ」


 今のやり取りで凡そは分かったわね。クロノスが育てている英雄は、英雄は英雄でも聖女って訳ね。聖女の英雄がいない訳ではないけど、育成は難しいわよ。

 魂の形が善に偏っているから、殺しを嫌う傾向にある。肉体的に試練を乗り越えるさせるのではなく、精神的に試練を乗り越えさせて魂を成長させないといけないから、本来の育て方より難易度が高いわ。

 あれ、でも可笑しいわね。クロノスが育てている英雄は今は男だったわよね?聖女なら魂の形が定まっているから、転生しても性別は女性のままの筈。

 聖女であるのに魂の形が定まっていない? どういう事かしら?


「深く考える必要はないぞ、ミラベル。単純な話じゃ。その定命の者が特別なのじゃよ。だからこそワシの後継者候補に上がっておる」

「⋯⋯訳ありってこと?」

「ホホホ、どうじゃろうのぅ。その者と同じくらい其方の英雄⋯⋯まだまだ原石じゃが、その者も可能性を秘めておる。聖女の魂を見ても尚、其方の事を魅力しておるんじゃからな」


 ジジイの言葉にクロノスが驚いたような表情でこちらを見てきた。信じられない、そんな事を言いたそうな顔ね。現在進行形で聖女の魂に魅力されているから私の感性が信じられないんでしょうね。

 確かに聖女の魂は綺麗だったわ。心が惹かれる感じもした。けど、何故かは分からないけど、私にはケイトの魂の方が美しく思えた。形は歪だし大きさも決して大きくない。聖女のような神々しい輝きを放っている訳でもない。けど、時たまに英雄のように輝く時がある。その輝きは見る者全てを魅力する。

 ケイトを見ていると面白いっていうのが一番なんだけどね。


「とはいえ、先に魂が成長しきるのはクロノスの方じゃな。聖女であり、魂が善性に偏っているにも関わらず、護る為なら殺す事も躊躇わない。誰かを護る為に強くなる事にも貪欲。聖女と英雄の二つの即面を持つ故に成長が早い。

神に至る条件の一つは聖女という事でクリアしておる。後は魂が成長しきるだけじゃ」

「流石は私の英雄だ。君が神となり私と同じ道を歩める時を心待ちにしているよ」


 気持ち悪いわね。


「それで、私たちを呼び出したのはそんな話をする為? 」

「それもあるかのぅ」

「⋯⋯私とクロノスが育てている定命の者がジジイの後継者候補だから大事に育てなさいって事と、他に何かあるの?」

「うむ。其方たち二人に頼み事があってのぅ」

「断らせて頂きます」

「断るわ」

「ええぃ!まずはワシの話を聞いてから断らんか!」


 聞かなくても分かるわよ面倒事だって。

 ジジイからの頼み事で私たちがどれだけ苦労してきたか⋯⋯というより何で私たち二人なのよ? 上司せんぱい───キルケーやセレーネに聞いてもジジイに頼み事をされているのは私たちだけって言っていたわよ。


「ホホホ、其方たちにとって今育てている英雄が特別であるように、ワシにとって其方たち、二人は特別なのじゃよ」

「答えになってないわよ」

「いずれ分かる時がくるぞぃ。それも遠くない未来じゃ」


 ジジイの金色の瞳が微かに揺れている。悲しみ?似てるけど違うわね、この感情は憂い?未来に対しても悲観的⋯⋯、何かあるわねこれは。


「⋯⋯ミラベル、一先ず最高神さまの頼み事を聞かないか?受けるかどうかは別にして」

「そうね、という訳だからジジイの頼み事は何かしら?」


 一応聞いてあげるわよ、クロノスが言っていたように受けるかどうかは別だけど。十中八九、面倒事だと思うわ。

 けど、ジジイがやる事には全て意味がある。多分だけど、ジジイは備えようとしているわね。それが私たちの為か、神社会全体の為かは不明⋯⋯未来への布石を今から作るのね?


 ニヤリと笑ったジジイの口から出た頼み事に、聞かなければ良かったと後悔したのはその後直ぐだったわね。





















「ミラベルとクロノスの二人でロキを止めてはくれぬか?ロキのオーディンの二人の愛憎が⋯⋯運命が、悲しき悲劇で終わらぬ前に」

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