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第二十四話 最高神

 なんで私なのかしら?候補はそれこそ沢山いるわよ。オーディンやルー、デウスマキナ、シヴァ⋯数え出したらキリがないわ。

 役職も力も全て私より上よ。そんな神たちを差し置いて私が跡を継ぐなんてしたらそれこそ争いの引き金ね。ジジイの何時もの冗談だと信じたいわね。


「それで、いつ向かえばいいの?」

「今日だね。それも今すぐだ」

「⋯⋯文句の一つでも言ってやろうかしら」

「その資格は十分にあると思うよ」


 新神じゃないんだから、あらかじめアポイントくらいに取りなさいよ。ジジイの呼び出しはいつも急なのよね。ため息を吐いていると、不意に頭の中に声が響いた。これはジジイの声?


『クロノスも一緒に連れてくるように』


 プツンと言葉と共に何かが途切れる音がしたわ。一方的な念話ねー。それに説明が足りないんじゃない? クロノスの話を聞いてなかったら何それって感じになるわ。

 まぁ、ジジイの事だから私とクロノスのやり取りを見ていた可能性は高いわね。


「クロノス朗報よ」

「⋯⋯なんでだろうね、物凄く聞きたくないよ」

「さっきねジジイから連絡がきたわ」

「何も言わなくてもいいよ」

「別に私は言わなくてもいいのだけど、代わりにジジイの念話が届くと思うわよ」

「⋯⋯聞くよ」


 物凄く嫌そうな顔をしているわね。ジジイがクロノスも一緒に来るように言っていたわと伝えると、顔だけじゃなくて体全体で行きたくないと表現しているわ。見ていて面白い光景ね。『私は絶対に行かない』と地面に座り込んでいる姿は幼児が駄々をこねているみたいよ。

 ふふふと私が笑っているとそれはもう嫌そうな顔で立ち上がり、深い深いため息を吐いた後に行くかと声をかけてきた。


 本音を言えば私もクロノスと同じで行きたくはないのだけど、無視したらしたで後がめんどくさいのよね。いい歳したジジイが拗ねたら鬱陶しいだけよ、全く。


 クロノスと共に仕事部屋を出て扉をロックして、私以外が入れないように消しておく。昔はそこまでしなくても良かったのだけど、今は不味いのよね。後継者争いが表面化してきて、多くの神が自分の派閥に抱え込もうと動いている。弱味なんかに漬け込んで引き寄せてくるタチの悪い神もいるわ。

 仕事の内容的に見られても問題はないけど、裏工作されたら面倒だから念には念を入れておく。最後に思考回路を共有してあるライアーに今後の方針を把握させてから、クロノスと共に長い廊下を歩き始めた。


「このタイミングで呼び出しという事は、例の件かな?」

「可能性は高いと思うわよ。私からすれば誰がジジ⋯⋯最高神さまの跡を継いでも構わないのだけど」


 私室ならともかく誰が通るか分からない廊下でジジイ呼びはまずいわよね。ジジイが許しているとはいえ、曲がりなりにも最高神。神の中に狂信者がいるくらいには慕われているのよね。私からすればセクハラジジイの印象しかないのだけどね。


「君はデウスマキナの派閥かと思っていたけど」

「あら、もしかして噂になっているのかしら?」

「その様子だと知らないようだね。君にとって耳の痛い話を聞かせる事になるけど、構わないかな?」

「勘弁願いたいわね」


 クロノス曰くデウスマキナの派閥の神が広めている噂らしいの。私はどうやらデウスマキナにとって右腕的存在らしいわ。定例会に参加した時も仲良く話していたなんてデマまで流している。何も話していない訳ではないけど、挨拶くらいよ?会話は二言くらいで打ち切ったもの。

 どうして私に拘るのかしら? 私より優秀な神はそれこそ星の数ほどいるわ。何だったら上司せんぱいでいいんじゃないの?変な事に巻き込まないで欲しいわね。


「君は最高神さまのお気に入りだからね、皆が君の一挙手一投足を気にしているよ」

「それを言うならクロノス、貴方もじゃない? 随分と勧誘されていると聞いたわよ」

「私も権力争いには興味がないんだけどね。何故か勧誘が多いんだ。君が原因じゃないかなって私は思ってるんだけど、どうかな?」

「私のせいにしないでよ。他人事みたいに言ってるけど、貴方も最高神さまのお気に入りじゃない。だからこうして呼び出されているのよ」


 会話を交えながら二人で歩いているけど、すれ違う神から視線を感じるわね。値踏みするようなそんな視線。この感じだと会話も聞かれていそうね。


「次の角を曲がったら神の権限を使うわ」

「上へと上がる階段はまだ先だったと記憶しているよ」

「昔ならともかく、今最高神さまと表立って会うのは面倒よ。隠し通路を通るわ」


 会話を聞こうとしているのか距離を保って後をついて来ている者がいる。あれはオーディンの派閥の神だったかしら? このまま付いてきて報告されても面倒だし、撒くわよ。

 クロノスに伝えた通り通路の角を曲がって直ぐに神の権限を発動する。曲がった先の廊下に神がいない事は確認済み。後を追ってきている神さえ撒ければオッケーって事ね。


 あらかじめジジイから貰っておいた鍵を神の権限を出現させる。鍵と言っても形状は丸い球体。手で触れると透明だったモノが赤く変わり、球体かぎを壁に押し当てるとバラバラと崩れるように壁が消えていく。ジジイによって創られたこの建物は神の権限をもってしても壊す事は出来ない。例外はジジイが持つ権限だけ。


 何か言いたそうなクロノスに早く入りなさいと告げてから、崩れた壁の中へと入るとその後をクロノスが続く。私たちが壁の中へと入ると、時が巻き戻るかのように崩れた壁が元の形状へと変化したわ。多分、これで撒けたわね。


「こんな所があったんだね」


 物珍しげに壁の中の空間をクロノスが見渡している。私は何度か来た事があるから今更って感じね。神が5人入れるかどうかッてくらいの広さね。小さな空間だから中央に浮く球体以外何もない一室ね。


「ジジイ曰くマスタールームらしいわ。鍵さえ持っていれば廊下の何処からでもこの部屋に入って来れるそうよ」

「なるほどね」

「その球体を操作すれば階層を移動出来るわ。わざわざ階段を使わなくても済むし、神の目を気にしなくてもいい」

「そんな便利な機能があるなら、私たちにも普通に使わせて欲しいところなんだけどね。階層の移動にわざわざ階段を使うのは面倒なんだ」

「ま、色々とあるのよ」


 なんでもかんでも神の権限で解決しがちではあるのだけど、移動に関しては自分の足を使わないといけないのよね。ジジイが建物に制約をかけているせいで神の権限を使ってワープを行ったりする事が出来ない。

 不便だから制約を消して欲しいと何人もの神がジジイに申し出たみたいだけど、『ダーメ!』って断ったそうよ。言い方が腹立つわよね。理由を明言しないから余計に不満が溜まっている気がするわ。

 ジジイは自分の権限で自由に階層を行き来できるのだから、腹が立つ話よ。


「それは今回の後継者争いの関係しているのかな?」

「あら?勘が鋭いわね⋯⋯ジジイも明言はしてなかったけど先を見据えて色々と制約をかけているみたいよ」

神々の黄昏ラグナロクへの備えって訳か」

「そういう事ねー」


 部屋の中央に位置する球体に触れて行きたい階層を思い浮かべる。一瞬赤く光ったのを確認して、クロノスに着いたわよと伝えると流石に驚いていたわね。


「こんなに早く着くのかい?」

「便利よねー」

「全くだ。これを最高神さまと君が独占しているのが羨ましいよ」

「鍵がいるならあげるわよ。私も持て余しているもの」


 同じ手順で球体かぎを壁に押し付けるとバラバラと崩れ、無駄に広い廊下と大きな扉が視界に入る。


「本当に移動しているね」


 崩れた壁をくぐって廊下に出ればはい、目的地に到着!⋯⋯歩いて行く何倍も時間を短縮出来たわね。振り返れば崩れた壁も既に元に戻っている。用済みとなった球体かぎを消して、扉に視線を向けると私たちを出迎えるように自動で扉が開いていく。この感じだとジジイはずっと見ていたみたいね。


「全く⋯」

「困ったおひとだ」


 クロノスと同じタイミングがため息が出た。それがおかしくて、二人で笑ってしまった。数秒経過すると早く来いとばかりに視線を感じたので開いた扉から中へと入って行くことにしたわ。


「よく来たのぅ、ミラベル」


 声がした方へ視線を向ければ、私たちを呼び出した張本人がいたわ。トレードマークと言える床に届くまで伸びた、長い顎髭をときながらジジイが笑う。


 前とまた服が変わっているわね。前回はキトンとヒマティオンだったと記憶しているけど、今回は私たちと揃えたのか黒いスーツを着ているけど⋯正直に言って似合ってないわね。無駄に長い顎髭が浮いちゃってるのよね。


 クロノスも同じ事を考えていたのか似合ってないねと小さく零していた。それが不満だったらしくジジイは無言で服装を変えたわ。前回と同じ白を基調としたキトンとヒマティオンね。

 髪も髭も白く染まっているし、服装まで白いと白の具現化みたいで面白いわね。口元に手を当てて笑っていると咎めるような金色の瞳が私に向けられた。

 と言っても可愛らしい目をしているから全く怖くないのだけど。一応謝っておきましょうか。私がジジイに謝ると満足そうに頷いた。チョロイわね。


「で、急に呼び出してよく来たってふざけてるの?」

「文句は後で聞こう。先にもう一人のワシの愛しい子供に挨拶をせねばならぬ。よく来たのぅ、クロノス」

「最高神さまのお呼び出しですから、拒否権はありませんよ」

「なんじゃなんじゃ!二人揃って冷たい反応をしおって!最高神のワシが二人に会いたいと言ったのじゃぞ!そこは心の底から喜ぶべきじゃ」

「仕事が残ってるのよねー」

「右に同じ」


 ついでに言うとジジイの呼び出しの9割は面倒事だから、本音を言えば来たくなかったわ。私たちの返答が納得いかなかったのかブーブーと文句を言っている。

 なんで私たちの前だとこんな感じなのかしら? オーディンとかルーとか他の神たちの前では威厳溢れる姿なのよね。その姿を私たちの前でも見せていたら少しは尊敬出来たのに⋯。


「それで用件はなによ。後継者の話なら前に断ったわよ」

「右に同じです。私も最高神さまの跡を継ぐのは役不足です」


 このタイミングで呼び出したのだから、前に言われた後継者の事だろうと思い先に断っておく。クロノスにも言っていたのね。そんな気はしてたから特に思う事はないのだけど。

 ジジイを見ると楽しそうに笑っている。私たちの返答が面白かったのかしら?それとも頭がイカれた?


「ホッホッホッホ!後継者候補は其方たちではなくてのぅ」

「なら、なんで呼んだのよ」


 文句を言えばジジイがニヤリと笑う。


「其方たちが育てている英雄たちが、ワシの後継者候補と言えば分かるかのぅ?」


 私たちが育てている英雄? 私の頭の中に浮かんだのは一人の定命の者。ケイトの事を言っているのかしら? クロノスも一人思い当たる定命の者がいるみたいね。小さく名前を呟いていた。


「英雄が後継者候補⋯⋯まさか」

「そのまさかじゃよ」


 私たちを驚かす事が出来て楽しいのでしょうね。ジジイは満足そうに笑みを浮かべている。腹立たしいわね。


「魂が育ちきった英雄は天へと招かれる。神の常識じゃろ?」

「つまり、私たちはジジイが創ったんじゃなくて」

「英雄から神へと至った者たちという事かな?」


 私たちの返答を聞いてジジイがニヤリと満足そうに笑った。


「ハズレじゃ」

「はっ倒すわよクソジジイ!」

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