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第二十七話 手合わせの経緯

 バリスとの戦闘後───試練が終わった後は私も何が起きたか知らないのよね。ジジイからの頼み事もあったし、部屋に戻れば山積みの書類があった。これを片付けるまでケイトの様子を見れないと訴えているようだったわ。クロノスも同じだったらしく念話で愚痴が飛んできたわね。気持ちは同じだけど、私のテンションまで下げないで欲しいわ。


 結局、山積みの書類を片付けるまでに一月ほど時間を要したの。本来ならここまで忙しくない筈なのに、どうしてって思ったら新神がやらかしたみたいね。

 一つの世界の管理を怠った事で定命の者が大量に亡くなった。その数は億を超えていたわ。数が数だけに色んな世界に影響が及んだ結果、私にまで飛び火したのね。数百万の魂の選別をしたのは久しぶりだったわ。私の世界に送られてくる者や、別の神の元に送られる者⋯⋯それらを片っ端から片付けた。並行して本来の業務もしなければいけなかったから、本当に時間が足りなかったわ。


 やらかした新神の子⋯⋯どこの部署の子だったかしら?あまり関わりのない神の部下だったから名前まで覚えていないわね。

 文句の一つでも言いたいところだけど、事の発端となった新神の子は今回の責任を取らされて見習いに降格。管理不届きという事でその上司も降格処分を受けていたわね。上司の方は加えて今期の査定なし+ボーナス没収だったかしら?結構重めの罰ね。


 クロノスとも話していたけど、本当に新神の質が落ちているわね。優秀な神材が多かったからこそ、英雄からの叩き上げの神を皆は欲しがっていたけど、この有様では貧乏クジを引いているようなものよね。

 ジジイ曰く、評価欲しさにハリボテの英雄を量産しているのが原因だそうよ。


 過剰に才能や能力を与え、育てている定命の者が必ず試練を越えられるように調整しておく、その上で心を少し弱らせておく事で逆境を乗り越えたと錯覚して魂が成長する。中には運命を予めて押し付けている神もいるそうよ。


 この行為は当然だけどアウトよ。見つかれば一発降格は免れない。才能や能力を与える事は神の差配の範囲だけど、心を弄ったり運命を操作する行為は原則として禁止されている。

 ジジイも分かった上で見逃しているようね。正確に言えば取り締まりが出来ないくらいジジイの力が衰えているの。この不正行為を率先して行っているのはジジイの後継者候補者たちで、その者たちとの力関係は既に逆転しているとジジイが言っていたわね。動きたくても動けない状態⋯⋯。


 ジジイが動かないとなると後は神事部さえ騙す事が出来ればやりたい放題って訳よね。セレーネが愚痴を言いたくなる気持ちが良く分かるわ。神事部の上層部はジジイの後継者候補者たちに媚びを売っているそうだから、不正に気付いていても見て見ぬ振りでしょう?

 ハリボテの英雄が神へと至り、優秀なら自陣に抱え込み、使えないと判断された神は適当なところに送られる。その話を聞かされて私とクロノスは複雑な気分になったわね。


 ロロやカーミラは使えないと判断されて私たちの元へ送られてきた。お世辞にも優秀とは言えないのは確かね。でも、愚かではないと思うわ。しっかり教えれば成長する余地がある。ロロの場合は時間がかかりそうなのだけど⋯⋯。


 ───荒れているわね、神社会が。


 新神のミスだけではないわ。候補者たちが互いに足の引っ張り合いをしている。自身の評価を上げる一方でライバルの候補者の評価を下げようと画作して、罠を仕掛けたり引き抜きを行ったり、やられた側は仕返しをしたり⋯⋯バカじゃないのって言いたいわね。

 そんなこんなで色んなところで問題が起きていて、その弊害で私たちの仕事が増えているの。一番の被害者は間違いなく定命の者ね。神によって弄ばれているんだもの。

 こんな事ジジイなら絶対許さなかった。誰がジジイの跡を継いでもロクなことにはならないのは私の目から見ても明らか。






 やっとの思いで仕事を片付けた私は久しぶりにケイトの夢の中に出ていったという訳。長らく見ていなかったけど、私が気になるような大きなイベントは殆どなかったわ。

 ケイトが明日、勇者アレクセイと戦うって事以外はね。どうしてそういう状況になったのか聞けば、村にいきなりアレクセイがやって来たそうよ。


 なんでも指導者さまの命令で『聖女ソフィア』を『神聖女神教』の大聖堂まで案内するように仰せつかってきたとか。この時点でツッコミ所が多いわよね。

 いつの間に大聖堂なんて建てられたのよ? 私が見ていた時点だとそんな建物なかったと思うのだけど?私が目を離していた短期間で建てられたの?そんな技術力この世界にあったかしら? これに関しては後で調べましょう。


 ライアーと思考回路を繋げてあるから、彼女がBシリーズの子たちに予定している今後の展開を伝えたは知っているわ。それにしたって行動が早くないかしら?

 私の想定では『勇者』と『聖女』の存在が大陸全土に広がるまで半年ほど要すると考えていたわ。その間にケイトと並行してソフィアも邪魔にならない程度にライアーに鍛えさせようと思っていたのだけど⋯⋯信者の数とBシリーズの子の力を甘く見たわね。こんなに早く噂が広がって、ケイトたちの元へ使者が来るとは思ってなかったわ。


 アレクセイが来たのは何故かしら? 彼もソフィアと同じように大聖堂に招集される側の人間の筈⋯⋯あ!そういえばアレクセイも女神教の信徒だったわね。

 この世界の運命を左右する大切な存在と伝えていた筈だから、聖女ソフィアを大聖堂へ案内する役割は信徒の中で選び抜かれた強者が抜擢される。Bシリーズの子以外で選ぶとなると、必然的にアレクセイが選ばれるわよね。

 勇者として覚醒したあの子に勝てる者はこの大陸中を探してもいないと思うわ。


「で、その勇者って奴が俺に村で待っていろって言うんだ。君を案内するよう命令されていないって」

「ケイトはソフィアの事が心配だからついて行きたかったのよね?」


 肯定するようにケイトが頷いた。かなり不満そうな顔ね。言い方に腹が立ったって心中で憤っているわね。

 勇者と聖女の噂がケイトの村にまで届いていれば話は違ったかも知れないけど、残念ながらケイトたちが住む村はかなり辺境の地にある。噂がまだケイトたちの住む村に広がっていないのも問題ね。

 突然村にやって来て幼なじみを大聖堂に連れて行くなんて言われても納得出来るはずもなく、その上勇者と名乗る怪しい男に不信感を抱いたケイトは食ってかかった。


 そうするとアレクセイは自身の身分を明かした。その場に一緒にいた大人たちがあろうことかアレクセイの言うことを信じてしまったそうよ。⋯⋯文句を言いたいのは分かるけど、大人たちが納得したのは仕方ないと思うわ。

 アレクセイは女神教の使者としてだけでなく、出身国である『ノースグロア』の正式な使者として『ローデンブルク』を訪れ、正式な手続きを踏んだ上で村にやって来ている。国が発行した証明書だったり、紋章がアレクセイの立場をハッキリさせた。


 ケイトにとって面白くなかったのは村の大人が信じた事よりも、ソフィアがアレクセイに着いていくと決めた事。その裏側にはケイトが知らない事情も含まれているのよね。

 ライアーと思考を共有したところ、ソフィアの元には正式な使者としてアレクセイが来る前に一度信徒が訪ねていたみたいね。ソフィアが神に選ばれた聖女である事、正式な使者が近いうちに村に訪れる事を彼女はあらかじめ聞いていたみたい。

 どうしたらいいか迷ったソフィアはライアーに相談し、ライアーが背を押した事で大聖堂に行く覚悟を決めたようね。


 聖女ソフィアが近くにいる事で関係のないケイトまで騒動に巻き込まれる可能性がある⋯⋯傷付き倒れたケイトを見た事で、ソフィアの覚悟は決まった。ケイトを護る為に彼女は村を出る事を決めた。


 そんな事を知らないケイトは当然のように反対したけど、ソフィアの意思は固かったわ。そこでケイトは折れた。思っていたよりソフィアの意思が意思が固かったので、止めるのは諦めた。代わりに俺も着いて行くとソフィアとアレクセイに宣言したところ、村で待っていろと言われたようね。


 そこからの流れは売り言葉に買い言葉。『聖女』を無事に大聖堂まで送り届ける任務についている以上、護る対象を増やす事は出来ないとアレクセイがケイトの同行を断り、俺は護られるほど弱くないとケイトが反発した。

 しばらく押し問答が続いた後に、ライアーが『なら手合わせをしてお互いに納得する形で決めたらどうかしたら』と、二人に提案しケイトとアレクセイがその提案に乗った事で、二人の手合わせが決まったようね。


 ⋯⋯いい仕事をするじゃない、ライアー!褒めてあげるわ!


 ケイトとアレクセイはソフィアに聖女の役割を与えた段階で引き合せる予定だったけど、こんなに早くなるなんてね。そう考えると危なかったわね。仕事が片付いていなかったら危うく一大イベントを見逃すところだったもの。


「それで勝てる見込みはあるの?」

「勝てる見込み以前に、強いのか?」


 一目見ただけだと、アレクセイの強さは分からないか。まだまだねー。


「強いわよ。貴方の師匠であるライアーよりもずっと」

「マジかよ」


 アレクセイとの手合わせは明日。対策する時間があるのがせめてもの救いね。今のままだとケイトがアレクセイに勝てる確率は0%。せめて確率を1%くらい引き上げておきたいわね。

 ジジイの頼み事の件でケイトの意見を聞きたかったけど、後回しね。




「だから、今日の指導はいつもより厳しめにいくわよ!」

「まじかよ」


 ───さーて!久しぶりにしごくわよ!

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