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第二十八話 神様の相談事

「まだまだ、動きが単調ね」


 両膝に手を付き肩で息をしているケイトの動き厳しめに評価する。点数をつけるなら35点ってところかしら?この仕上がりだと、アレクセイに手も足も出ないまま終わるわね。

 私が見ていない間もライアーから指導を受けていたお陰で剣の振りや体捌きはそれなりのものになってはいるけど、剣に躊躇や迷いがある。

 人に対して剣を振るのに抵抗があるのね。魔物やバリスに対しては剣を振れていたのに、人が相手だと明らかに狙いが甘い。避けてくれって剣が叫んでいるみたい。


「人を傷付けるのは怖いかしら?」

「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

「興奮してるの?」

「⋯⋯違う!!⋯⋯ちょっと⋯⋯待ってくれ⋯⋯」


 スタミナ不足も課題かしらね?今回は少し激しめに行ったから仕方ないけど、実戦だと休む間なんてないわよ。魔物の群れに遭遇した時、息切れして休憩なんかしたら即お陀仏。

 待ってくれなんて言っても、誰も待たないわ。疲れた時でも動けるように指導するべきかしら?


「⋯⋯ふぅ、もう大丈夫だ」

「体力ないわねー」

「いやいやいや!そんな事ないって!師匠にも体力がついてきたなって最近褒められたんだぞ」

「お世辞に決まってるわよ」

「そんな事はない⋯⋯と信じたい」


 ライアーに確認すれば、確かにお世辞ではなかったわ。あくまでも以前に比べたら体力がついたというだけで、ライアーが求めている基準にはまだ達していないそうよ。

 もっと頑張らないといけないわねー。


「それで、人を傷付けるのは怖いの?」

「流石にバレるか?」

「モンスター相手にはしっかり振れているのに、人が相手だと狙いが甘いもの。そんなんじゃ、まともに戦えないわよ」

「いや、⋯⋯うん。自分でも分かっているつもりなんだが、どうしても躊躇いが出てしまうんだ」

「そういう世界に憧れていたのに、いざやるってなると尻込みするの?かっこ悪いわよ、ケイト」

「うぐっっ!!」


 言葉が過ぎたかしら?殴られた後のような、大袈裟なリアクションでケイトが床に倒れた。

 申し訳なさを感じるけど、事実だから仕方ないと思うわ。


「ケイトもおおよそ勘づいていると思うけど、これから世界は荒れるわよ」

「魔王やモンスターだけが原因じゃないよな?」

「そうね。今はモンスターの脅威に怯えているから、水面下に潜んでいるけど⋯⋯人はいずれモンスターに慣れるわ。そうなると必ず出てくるのよ、欲深き者たちがね」


 ケイトが住んでいる村と正反対に位置する大陸北東部の国では、クーデターが起きたわ。絶妙なパワーバランスで保ってきた均等が神の祝福と、モンスターの被害によって崩れてしまった。

 脅威を前にしても利権を求めて争う愚か者はどの世界にもいる。


「今はモンスターを相手にする覚悟だけでいいわ。けど、ケイトもいずれその時がくるわよ」

「人との戦い⋯⋯か」


 人を傷付ける事、殺める事に抵抗があるのはケイトが善人の証。彼の美点であるとも言える。でも、英雄とくべつになるんだったら、人を傷付け、殺める覚悟も必要。

 ケイトも知識として知ってはいると思うけど英雄の多くはね、人殺しなのよ。殺した相手が善か悪かの違いで、殺める為でなく救うために殺す⋯⋯それだけの違い。


 私が一番心配なのは、ケイトが人を殺した時、その罪悪感に押し潰されないかという事。上手くサポートするしかないわね。ライアーもいるし、どうにかなるでしょ。


「今日の鍛錬はこれくらいで終わりにしましょう」

「ん?まだ時間があるんじゃない?何時もならもう少しやっていたと思うが⋯⋯」

「あるにはあるけど、ちょっと中途半端なのよね。指導している途中で時間がきちゃいそうなの」

「そうなのか⋯⋯」


 ライアーが何時もより早く起こしに行きそうなのよ。ケイトはそんな事知らないから仕方ないのだけど。ライアーもライアーでケイトの事が心配らしく、アレクセイと戦う前に対策を覚えさせるみたいよ。

 一夜漬けで私が覚えさせた技術と、ライアーから教えるアレクセイ対策で勝つのは無理でも一太刀入れられたらいいわね。


「せっかくこうして時間がある事だし、お話でもしましょう」 

「その感じだと何か話したい事でもあるのか?」

「そうね。話したい事⋯⋯というより相談事かしら?」

「神様が相談したい事なんてあるのか?」

「あるのよね、残念ながら」


 ジジイに頼まれた事⋯⋯正直に言って頭を抱えているのよね。クロノスと一緒に情報を集めたけど、余計にどうしたらいいか分からなくなったわ。

 神でも答えを導き出せない事だから、定命の者ケイトに話して意味があるかしら? 気持ちは楽になるかしらね。


「聞いて貰っていい?」

「構わないぞ」

「ありがとう」


 これは私とは違う、別の神についての相談事。私もよりずっと地位の高い神様がいて、その神様が抱える問題を解決するように頼まれたの。


 固有名詞があった方が分かりやすいわね。地位の高い神様はオーディンと言うの。北欧神話に出てくる神様に似てる? 世界を創ったのは私たちだから、似るのは仕方ないと思うわ。

 話が逸れるからそこは置いておいて、オーディンには弟がいたの。ロキというの神様よ。


 そう。トリックスターなんて呼ばれる事もあるわ。悪神? ⋯⋯神が悪神なんて呼ばれたら終わりよ。少しイタズラが好きだけど、善良な神よ。でね、オーディンとロキの兄弟が今、喧嘩をしている。仲が悪い訳では無いの⋯⋯心のすれ違いと表現したらいいかしら?


 ロキはね、オーディンが大好きだったの。それこそ兄としてではなく異性として。

 ───『┌(┌^o^)┐』頭に浮かんだこれは何かしら?意味が分からないのだけど?気にしなくていい?⋯⋯まぁいいわ。


 ロキはね、オーディンが大好きで大好きで心の底から兄の事を愛していたの。それこそ性別を変えて兄と結ばれようと考えるくらいにはね。

 うん、そうよ。ロキは性別を変えて弟から妹になったの。女性になれば愛しい兄と結ばれると思ったらしくてね。


 そこで悲しいすれ違いが起きたの。急に弟のロキの性別が変わって、愛を囁いてくるの。抱いて欲しいなんて毎日のように言ってきたそうよ。

 愛を囁いたり抱いて欲しいって言ってたのは男の時から変わらずなの。そのせいで余計にオーディンは混乱したのね。

 変わり果てたロキにオーディンはどう対応したらいいか分からず、答えが出るまでロキと距離を置く事にしたの。


 自分の性別が変わった事が原因だなんてロキは考えてもいないから、どうして兄は冷たい態度を取るのだろうか考え⋯⋯オーディンの周りにいる女神が原因じゃないかと考えた。

 そうなの、ロキは⋯⋯独占欲とか嫉妬心が強くてね。その矛先がオーディンの部下に向けられたわ。


 オーディンは私が言うのも何だけど優秀な神だから、ロキが事を起こす前に止める事が出来たの。そして、弟だからといってロキが犯した罪を許す事は出来なかった。オーディンは考えたわ。何が原因かって。ロキが犯行に及んだ理由は何かって。

 そこでロキの気持ちにハッキリと応えてあげる事が出来たら話は違ったと思うのだけど、オーディンは自身がロキの近くにいるからダメなのだと考え、今度一切接触禁止という罰を与えた。


 そう、ケイトが言うように逆効果だったの。オーディンの気を引きたいけど、接触を禁止されたロキはね、あろう事かオーディンと敵対している神の派閥に入ったの。

 敵対すれば嫌でもオーディンはロキの事を気にするだろうって。自分の事を見てくれるって考えたの。


 そうなの!それも逆効果だったの。オーディンはロキの気持ちなんて知らないから本当にロキが裏切ったと考えた。

 兄弟とはいえ、ロキの事を許す事は出来ないと。裏切りを許せないオーディンと、兄の気を引きたいロキ。そんな構図で敵対関係で出来てしまった。


 この二人の兄弟が持つ影響力は非常に大きいの。このまま敵対関係が続いて、どちらかが倒れるような事になると⋯⋯私たちの世界───神社会は大きく揺らぐわ。

 私の仕事量も爆増するの。ケイトの様子を見に行く暇すらないくらいにね。そういう事だから、オーディンとロキが本格的に敵対して殺し合いを始める前に止めたいのだけど、いい案があったりしないかしら?


「オーディンがロキを抱けば解決するんじゃないか?」


 そうよね、ケイトでも思い付かないわよね。気にしなくてもいいわ、神である私ですら思い付かない事だか⋯⋯。


「ごめんなさい。聞き間違いかしら?」

「いや、だから、オーディンがロキを抱けば解決するんじゃないか?」

「話を聞いてなかった?オーディンは性別が変わったロキにどう対応したらいいか困ってるのよ。そんな彼がロキを抱く訳ないでしょ」

「なら、逆はどうだ?ロキがオーディンを押し倒して⋯⋯ムフフな事をすればロキは満足、オーディンもロキの気持ちが分かる。万事解決ってならないか?」


 なる訳ないでしょ。相談した私が馬鹿だったわ。それにロキはオーディンに接触禁止を言い渡されているわ。⋯⋯あ、でもそれはあくまでもオーディンの言葉だけだから、強制力はなかったわね。

 ロキがオーディンに嫌われるのが嫌で守ってるだけだから、その気になれば押し倒さるわね。


 でも、ダメね。敵対しちゃってる以上押し倒せば命を狙ってきたと勘違いするかも。


「裸とか下着姿になって押し倒したらどうだ?」

「オーディンはむっつりスケベって聞いてるけど⋯⋯どうかしら?」

「いけるんじゃね?」


 一先ずこの話は持ち帰るとしましょう。クロノスに相談してから改めて決めましょう。


「ありがとう、参考になったわ」

「俺が思うにいけると思うぞ。エロ同人ならバッチリな展開だ」

「意味が分からないのだけど?」

「気にしないでくれ」

「まぁいいわ」


 エロ同人が何か気になるけど、わざわざケイトの心を読んでまで意味を調べる気にはならないわ。どうせくだらない事よ。


 あら、そうこうしている時間になったわね。そろそろライアーがケイトを起こしに来る頃。


「もう時間ね」

「そうなのか?」

「そうよ。アレクセイとの手合わせは私も見ているわ。無様な姿を見せないでちょうだいね」

「プレッシャーだな⋯⋯でも、俺なりにやってみるよ!」

「期待しているわ」


 ケイトの姿が薄くなる。ケイトだけではないわね。この空間が薄くなっていく。ケイトの意識が覚醒しようとしているのね。

 さて、一夜漬けで教えられる事は教えたし、ケイトの奮闘を見守るとしましょう。









 ───余談になるのだけど、ケイトに相談したロキとオーディンの兄弟の問題。

 ロキが下着姿でオーディンに迫ったら、よく分からないけど解決したそうよ。

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