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STORY17.救国の王子

 ───オレには、兄上がいた。


 公のものとしてオレは第一王子として扱われているがたった一人、兄上と呼べる人物がいたんだ。血の繋がりのある、実の兄⋯⋯。


 まだ幼かったオレには兄上の苦悩を何一つ気付いてあげる事が出来なった。


 兄上はどんな想いでオレに接していたのだろうか?今になって考えても、その答えには辿り着けない。

 王妃ははうえの血を引いていない、ただそれだけの理由で兄上は冷遇されていた。




 ───兄上は庶子だった。




 その事実を知ったのは全てが終わった後だ。兄上の死から八年の時が経ち、オレが成人として扱われるようになった際に、ギルバートの口から語られた。


 兄上の母親は平民の出である。名前はマリア。城下の視察に出かけた若き父上と、とある出来事をきっかけに出会ったのだと言う。語れば長くなる内容ではあるので省略しよう。


 ギルバート曰く、その出会いは運命的なモノだったそうだ。もし、あの現場に父上が出くわさなかったらマリアの命はなかったとギルバートは語る。


 父上とマリアはその出会いをきっかけに友好を深めたそうだ。何かと理由をつけては城下へと赴いたそうで、その度に付き合わされて苦労したらしい。ギルバートが父上の護衛、あるいは友として同行していたのは知っている。それだけギルバートが信任されていた訳だ。


 二人の事を近くで見ていたからこそ、気付けた。いや、ギルバートでなくとも気付けただろう。それほど二人は愛し合っていた。初めて出会ったその時から惹かれ合っていたのだ、と。

 興奮しながら発言するギルバートに少し引いたのは内緒だ。


 ───そして、二人はやがて恋仲となり⋯⋯生涯を共にしたいと考えるようになった。だが、二人の身分がソレを許さなかった。


 第一王子であり、次期国王である父上の隣に平民が立つのは好ましくないと猛反対されたそうだ。国の有力者であるロングブル公爵、ショートホース侯爵⋯⋯その他多くの貴族がマリアを妃に迎える事を反対した。


 当時は祖父上おじいさまの失政もあり、貴族の発言力が強かった。祖父上は貴族を抑える事が出来ず、父上の想いは⋯⋯望みは叶わずに終わった。




 ───在り来りな悲劇の話だ。




 この国の過去にもあり、他国にも起き得る権力争いの縮図。王家に力がなかった、それだけの話。貴族の主張を跳ね除ける事は出来ないまま、父上の妃に選ばれたのはロングブル公爵家の御令嬢⋯⋯言ってしまえばオレの王妃ははうえだ。


 だからこそギルバートの口から聞かされると複雑な気分だ。父上は愛し合う女性との関係を、国という巨大な力によって引き裂かれた。そして望まぬ相手と結婚した。それがオレにとっての母上なのだから、複雑な心境だった。


 ただ一つロングブル公爵家、及び貴族たちにとって誤算があるとすれば⋯⋯既にマリアのお腹の中に父上との子供が宿っていたこと。


 それが悲劇を生み出すきっかけとなった。


 端的に言ってしまおう。マリアは亡くなった。兄上を産んで十日と経たず、何者かの手によって殺された。毒殺だった。ギルバートが父上の密命でマリアの元へ訪れた時には既に命はなかったそうだ。


 それ故に、兄上が生きていのは奇跡と言える。ギルバートがマリアの家に訪れたのは、彼女の死後の翌日。小さな赤子だ。母子共に亡くなっていても可笑しくない。


 それでも兄上は生きていた。衰弱もせず不思議と元気だったそうだ。ギルバートは奇跡だと言うが俺には作為的なモノに感じた。


 さて、その後の話ではあるが、庶子とはいえ王家やの血を引く兄上を無下に扱う事は出来ないと王家が引き取る流れとなった。父上の妃となった母上を始め、公爵家から反対の声が上がったが祖父上と父上の両名がその声を押し切ったそうだ。


 ショートホース侯爵家が父上たちの方に付いたのも大きいだろう。公爵家の発言力が今以上に増す事を面白くないと考えた故の、打算ありきの味方だったが、強力な後ろ盾を得た父上は兄上を引き取る事が出来た。


 愛した女性が残した忘れ形見。マリアの代わりに大切に育てると父上は誓った。


 ───兄上にとって一つの分岐点となったのが、父上と母上の間に第一王子が産まれた日。つまり、オレという存在がこの世に誕生した瞬間から、兄上の人生は狂い出していた。


 自分の息子を国の跡継ぎにしたいという想いから、兄上の存在を疎ましく思った母上から圧力がかかり兄上に対する冷遇が始まった。

 兄上は既に庶子として扱われていた為、正妻である母上との間に子供───男児が産まれれば王位継承権はその子になるのが確定していたにも関わらずだ。


 ───兄上を溺愛する父上の姿を見て不安に思った、あるいは未来を危惧した為か⋯⋯。


 マリアを殺害した者は未だに見つかっていないが、公爵家の動きを見ると嫌でも連想してしまう。母上を⋯⋯同じ血が流れる公爵家かぞくを疑いたくはないが、黒く見えてしまう。いずれ向き合わなければいけない未来げんじつだ。


 話を戻そう。オレが産まれた事によって兄上に対する冷遇が始まった。より正確に言うならば元々良くなかった待遇が更に悪化したと言うべきか。


 祖父上や父上が兄上を護ろうとしたが、味方は少なく、敵は多かった。それだけ祖父上が犯した失政は大きかったと言える。

 日に日に兄上の扱いは悪くなっていった。全てはオレのせいだ。だと言うのに兄上はオレに優しかった。


 無邪気に甘えるオレを兄上は迎え入れてくれた。たくさん遊んでくれた。様々な事を教えてくれた。笑いかけてくれた。


 ───オレに見せる笑顔の裏で兄上が傷付いていた事をずっと知らなかった。気付く事が出来たなら、兄上の自殺を止める事は出来ただろうか? タラレバだ。


 無邪気なオレが兄上の身に起きた事に気付かないまま時は過ぎ、オレが七歳となり兄上が十四歳となって五日が経過した昼刻に兄上が亡くなった。




 ───自殺だった。




 あの日の光景は今でも鮮明に覚えている。前日まで言葉を交わしていた兄上が、ぐちゃぐちゃの肉塊となりオレの前で転がっていた。信じられない光景だった。受け入れ難い現実だった。泣いて叫んで兄上の骸にしがみついていた。


 ───今になって思えば兄上の死がオレにとっての分岐点だったな。


『ノートンならきっと、この国の希望の光になれるよ』


 兄上と最後に交わした会話。幼いオレには言葉の真偽を理解出来ていなかった。だが、今なら分かる。兄上は国の未来を案じていた。

 それは間違っていない。魔王が現れなければ我が国は遠くない未来、王家を指示する王国派と公爵家を筆頭とする貴族派で争っていただろう。その時オレはどちらの立場でいただろうか?














「⋯⋯おぇ⋯⋯」


 横から聞こえたケイトの声に思考を中断する。視界に映る肉塊へと変わり果てた兵士の姿が、兄上の姿と被って見えたか。

 乗り越えたと思っていたがオレもまだまだ未熟だな。思考を切り替える為に一息吐く。さて、まずは今にも吐きそうなケイトに一言かけるべきか?


 モンスターの姿は見えないが油断するべきではない。隙を見せてはいけない。今のケイトはあまりに無防備だ。

 彼の肩を叩くとハッと我に返ったようにオレの顔を見た。安心させるように落ち着けと言葉を投げる。


 人の死を見るのは初めてか? ケイトが動揺しているのが手に取るように分かる。気持ちは分からないでもない。オレも人の死を初めて見た時はそうだった。それが親しくなった兵士であったなら尚更だ。


 一息吐く。


 気持ちを落ち着かせる。そうしなければ怒りで冷静な判断が出来ないと思ったからだ。何に怒っている?兵士を殺したモンスターか? 違う。


 確かにモンスターに対する怒りも憎しみもない訳ではない。それ以上に自分自身が許せない。認めたくないがオレはあのモンスターと対峙して億してしまった。だから、着いてきた兵士に───大切な仲間に命令を下す事が出来なかった。


「っ!」


 ───掌に走る痛みに、無意識のうちに拳を握り締めていた事に気付いた。


 自分を優先した。モンスターを前にして兵士の事を忘れて、避ける事ばかり考えた。あまりに愚かな行いだ。臆すことなく、何時もと同じようにモンスターに対応出来ていれ失う筈のない命だった。


「⋯⋯⋯!」


 羽ばたく音が近付いてきている。音のする方へ視線を向ければゆっくり降下してくるモンスターの姿が視認出来た。

 既に地面の近くまで降りて滞空しているが、襲いかかってくる様子はない。まるで値踏みするようにこちらを見ている。


 モンスターの視線が動いた。見ているのはオレではない。ケイトでもない。視線の先にあるのは先程殺された兵士の死体。


 ───モンスターが鳴いた。


 不快な声だった。人語ではないが、亡くなった兵士を侮辱にしているのだけは分かった。


「貴様だけは!!」


 兵士だけではない。兄上の事も馬鹿にされたように思えた。怒りが込み上げてくる。感情は体を動かす原動力となり、一度は億した相手であっても立ち向かう意志を与えた。


 剣に手をかける。踏み込めば剣が届く距離にモンスターがいる。空に逃げる前に叩き切る!


「───なにっ!」

「待てよ、ノートン!!」


 一歩踏み出したオレの腕を横から伸びた手が掴む。振りほどこうと力を込めたが、動かない。力はオレの方が上の筈。解せない。


「その手を離せ!オレは部下の仇を取らなければならない!」

「なら冷静になれよ!部下の仇を取りたい気持ちは分かる!けど!目の前の相手はその想いだけで勝てるほど、甘くないだろ!?」


 苛立ちのままに口にした言葉をケイトが蓋をするように正論で返す。⋯⋯腹立たしい事ではあるが、あまりに正しい。今、この状況において間違っているのはオレだ。

 水をかけられたように怒りが沈んでいく。


「グオォォォォォォン!!」


 ───おぞましい声が再び耳に入る。


 目の前にいるモンスターは化け物だ。感情を抑え冷静になればなるほどオレでは倒せない脅威だと言う事が分かって嫌気がする。

 兄上が危惧した未来と同じだ。オレ一人では変える事は出来なった。努力はした。それでも国という力はあまりに大きかった。

 世界が変わったお陰で⋯⋯王国派と貴族派のパワーバランスが大きく変わった。




 ───オレは一人か?違うだろ。




 『救国の王子』として扱われるようになった時もオレは一人ではなかった。部下を纏め、兵士を率いたのはオレだが⋯⋯共に戦う仲間がいたからこそ脅威を払い除ける事が出来た。


「すまない頭に血が上っていた」

「なら今は冷静だな!それじゃあ、二人で力を合わせて敵討ちといこうぜ!」


 ───オレは一人ではない。背を任せられる友がいる。共に高めあえるライバルがいる。オレを信じてくれる仲間がいる。


「二人じゃないさ」

「ん?」

「オレの部下たちもいる。彼らは仲間の死に怯える弱者ではなく、共に戦える勇者たちだ!」


 ───この国を救う希望の光。それはきっとオレじゃない。国の為に脅威と戦おうとする皆の意志こそが、『希望』なんだ!


「いくぞ!攻撃開始!!」


 見ていてくれ兄上。オレは───オレたちはこの国を救ってみせる!

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