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STORY16.トラウマ

 ───また倒壊音が聞こえた。建物が壊れる音だ。


 オレが今まで戦ってきたモンスターは全て記憶に刻んでいる。その中でも最も強かったモンスターは牛頭のモンスターだ。

 筋肉隆々の見上げる程の巨体と、その呼び名となった牛の頭。人の体に牛の頭という今まで対峙してきたモンスターの中でも異質なモノだった。


 部隊を率いて戦い、数人の犠牲者を出しながら討伐する事が出来た。強かった。もう二度と戦いたくないと思うくらいには。


 ───再び倒壊音が響き、続くように悲鳴が聞こえた。


 胸騒ぎが止まない。オレたちが戦った牛頭のモンスターでさえ、ここまでの騒動にならなかった。

 当然だ。王都は侵入者を防ぐ為に周囲を外壁で囲み、モンスターの襲撃に備えて常に見張りの兵を配置している。加えて今の時刻は昼を過ぎて間もない。天気もまた良好。見張りの兵がモンスターの接近に気付かない訳がない。


 弱いモンスターなら外壁を護る兵たちだけでも事が足りる。それでも念には念を入れる形で、モンスターの姿を確認したら報告する事を徹底している。


 その報告が未だにない。


 既にモンスターが領内に侵入している事は明白だ。つまり今回、王都を襲撃したモンスターは見張りに報告の隙を与えない程強い⋯⋯そう考えるべきだ。


 ───悲鳴が止まない。


「ノートン、急ごう!」


 悲鳴を聞いたケイトがその場から駆け出そうとしている。直ぐさま制止するべきだ。


 そうするべきなのだが、頭の中で反芻するケイトの言葉に心が動揺しているらしく、言葉が出ない。


 ノートンと、気安く呼ばれた。


 それが不快である訳ではない。むしろ心地好いとすら思っている。オレがずっと求めていた『友』の形なのだと実感出来たからだ。

 動揺してしまったのは家族以外でこうも気安く呼んできたのがケイトが初めてだったからだ。師であるギルバートですら弟子としてではなく、主として接してくる。臣下なら尚更だ。


 だからこそ、気安く話しかけてきたケイトの言動に心が浮かれてしまった。これが、友か。


「待て、ケイト!」


 顔がニヤけそうになるのを必死に抑えながら、駆け出したケイトを制止する。彼は愚かではない。言葉に反応して直ぐに足を止めた。

 振り返った彼の顔が、『どうして止めるんだ』と雄弁に語っているようだった。


「今、部下を戦況の確認に向かわせている。オレたちが現場に向かうのはその報告が来てからだ」

「それじゃあ、間に合わないかも知れないぞ!」

「気持ちは分かる。だが、何の準備をしないまま現場に向かって倒せるほどモンスターは甘い相手ではない!それはケイトを承知しているだろう」


 既に何人かの部下は装備を整えてこの場に戻ってきている。民の事が心配なのはオレも同じだ。今直ぐに向かいたいという気持ちもある。

 だが、まだ準備が足りていない。装備もそうだが、モンスターに対抗する為の兵が少ない。この少人数で現場に向かったとして、そこに待ち受けるモンスターが牛頭のモンスターよりも強大な相手だったら───オレたちは民を護れず無駄な死を遂げる事になる。

 強大な相手だからこそ、万全の体制で向かうべきだ。


「そう、だな」


 こうしてやり取りをしている間にも装備を整えた兵士たちが戻ってきている。ケイトが懸念しているより時間はかからない。


 それから間もなく血相を変えた兵士が戻ってきた。顔色から事態が好ましくない事を察する。


「戦況はどうなっている?」


 必死に走って情報を持ち帰ったのだろう、息が切れている。だが、オレの部隊の一員として選ばれた精兵である。息を整えながら、こちらに伝わるように冷静に言葉を並べている。報告を受けて、その成果を褒めると同時に思案する。


「空を飛ぶモンスターだと?」


 報告を受けて驚くと共に納得する自分がいた。部下の報告では、鳥のように空を自在に飛ぶモンスターが二体王都を襲っているとの事だ。姿形はリザードに近いそうだ。だが、体長は大きく異なる。

 掌サイズの小生物であるリザードと違い、王都を襲っているモンスターは民家を優に越すと言う。


 牛頭のモンスターと違い空を飛ぶ事に特化しているからか、体長に反して体は細い。筋肉の鎧に包まれていた牛頭のモンスターよりも武器は通りそうだと自身の考えを述べていた。

 一つ厄介なのは鳥のように自在に空を飛べる事。オレたちでは手の届かない高さまで飛ばれたら、攻撃手段は弓しかない。それすら届かない上空まで逃げられたらどうしようもないな。


 悪い報告だけでは無い。モンスターの襲撃が起きて間もなく、近くにいたアレクセイがモンスターの対応に当たったそうだ。

 彼がモンスターと戦ってくれているお陰で民の被害は少ないと言っていた。建物こそ壊れているが、人的被害は少ない。

 そこまでの報告を受け、最後に場所を確認してからケイトを始め、この場に集った部下たちに言葉をかける。


「聞いての通り、王都を襲撃しているモンスターはこれまで対峙してきたモンスターとも違う。空を飛ぶ、確かに厄介だ。だがオレたちなら対処は可能だ。違うか?」


 ───オレの言葉を肯定するように部下たちが雄叫びを上げた。


 その顔に恐怖の色はない。興奮もない。何時も変わらない部下の態度が頼もしい。


「ならば向かおう。勇者アレクセイと共に王都を救う!いくぞ!」


 訓練された兵士ではないケイトが固まっていた為、彼の肩を叩き『行こう』と声をかける。直ぐに彼の返事が返ってきた。ケイトの顔と声にもまた恐怖の色はない。

 流石はオレの友だな、準備は出来ているようだ。部下たちを率先するようオレが走り出すとケイトも横に並んで続く。に部下であるのならばオレの後ろを歩かせるところだが、友であるのならばオレの横を歩くがいい。


 ケイトと共に部隊の先頭となり、戦場となっている商業地区へと向かう。ギルバートならともかく、父上なら王族が先頭を切るとは何事だと怒るだろうな。

 最前線に立てばそれだけ危険は伴う。父上の言葉は間違っていない。だが、モンスターという脅威を前にするのならば兵士を導く者が必要だ。誰かが前に立ち、道を示さなければ幾ら精鋭揃いの兵士とはいえ足踏みしてしまう。特に今回のような見た事もないモンスターであるなら尚更だ。

 それだけ過去の敗北は強く刻まれているという訳だ。モンスターによって刻まれた恐怖を払拭するには、この人がいれば勝てるという希望を見せなければならない。


 ───それが出来るのは『救国の王子』であるオレだ!


 大通りを駆けて目的地に近付くにつれて、倒壊音が大きくなっていく。逆に悲鳴が減っている? それだけ民が亡くなったという事か?⋯⋯いや、兵士が戦地から離れるように誘導しているようだ。遠目でも民と共に戦地から離れる兵士の姿が確認出来た。

 外壁を越えられた場合も想定して訓練していた甲斐があったな。不要な備えにはならなかったらしい。


「こっちだ!」

「分かった!」


 倒壊音とこれまで聞いた事もないおぞましい声が響いた。直感的にその声の場にモンスターがいると判断し、行く先を変更する。

 兵士から報告を受けた場所から移動しているな。商業地区から遠ざかっている?アレクセイが民を巻き込まないように移動しながら戦っているのか。


 その選択は間違ってはいないが、向かっている先はあまり良くないな。そのまま進めば王都の民たちの住まう居住区だ。兵士が誘導していると思うが逃げ遅れた民がいないとも限らない。

 これ以上戦場を広げない為にもアレクセイと早く合流するべきだな。


「ん?」

「気付いたか、ケイト」

「ああ」


 進行方向とは反対、オレたちの背後で小さく声が聞こえた。それは先程聞いたおぞましい声に酷似している。つまり───オレたちの背後からモンスターが迫っているという事!

 手で部下たちに止まるよう合図しながら、素早く振り返る。隣にいたケイトも同様だ。


「なっ───!!」

「⋯⋯ドラゴンだと!!」


 その姿を視認して思わず声が出た。


 顔はオレの知る生物の中ではリザードが近い。部下の報告は正しかった訳だ。ただ、角や鋭い牙はリザードにはない特徴だ。

 我が国に生息する鳥獣の一種であるノースバットに翼は似ているな。翼の先端部分を注視すると鋭い爪のようなモノが目に映る。翼であると同時に手、あるいは足としての役割を持っているのか?


 小生物としてどこか可愛らしさのあるリザードやノースバットとは違い、このモンスターからはおぞましさしか感じない。オレたちを威嚇するようにモンスターが声をあげる。あのおぞましい声。


 その声を聞いただけで本能が訴えてくるようだ。勝てないから逃げろと。目の前のモンスターは倒す相手ではなく、捕食者だと。

 思わず身震いしそうになるが隣に立つケイトは平然としている。彼の態度に友であるオレが情けない姿は見せられないなと、自分に喝を入れて再度モンスターに視線を向ければ猛スピードでこちらに迫ってきていた。


 翼を羽ばたかせ、一直線に向かう先にいるのはオレとケイトの二人。翼の形状から、あくまでも飛行の為の部位だと判断。鋭い棘のようなモノも確認出来たが、翼を使って攻撃してくるような事はないだろう。翼を武器として使えばまともに飛ぶ事は出来ないだろうからな。


 翼ではないのならば、武器として使うのは鋭い牙の生え揃った口か⋯⋯あるいは足を使った攻撃!


「ふっ!」


 今まで戦ってきたモンスターたちよりも速かった。それは認めよう。だが、攻撃があまりにも直線的すぎる。

 狙いも単調。いくら速いとはいえ、避けられない訳が無い。モンスターの目線や軌道を予測しながら横に跳ぶ。


 その後直ぐ、先程までオレたちがいた場所をモンスターが通り過ぎていく。風を切る音からそのスピードが伝わってくる。


 追撃がないとも限らない。素早く身を翻してモンスターの方へと視線を向けると、旋回して方向を変えたモンスターが再びオレたちに向かって迫ってくるのが見えた。

 先程よりも速い!


 ケイトは既に回避行動に移っていた。遅れてオレもその場から跳んで離れる。通り過ぎていくモンスターの姿に何故だが嫌な予感がした。


 モンスターは野生の獣よりも賢い。それはこれまで戦ってきたモンスターとの戦闘で嫌という程に身に染みた。戦いの中で学習し、こちらの攻撃に対応してくるのもモンスターの強みだろう。

 だからこそ解せない。何故、こんな無意味な攻撃を繰り返した? 別に狙いがあるのか?


 思考は回る。そして狙いに気付いた。


「へ?」


 オレが腰に差した剣のグリップに手を添えるのと、モンスターが部下の肩をその足で掴むのはほぼ同時だった。


 つまり、どう足掻いても間に合わないということ!


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 先程まで狙っていたオレたちの事など目もくれず、部下を掴んだままモンスターが上空へと飛翔する。その一連の動きはあまりにスムーズで、気付くのが遅れたオレでは阻止する事が出来なかった。


「しまった!!」


 黒い点のよう小さくなったモンスターの姿に、部下が捕食される未来が見え、己の無力さに手を強く握り締めた。


「オレが気付くのが遅れたせいで、部下を餌として連れていかれた!!くそ!」


 後悔でしかない。気付ける要素はあった筈だ。単調な攻撃だとモンスターを甘く見たオレの落ち度。


「違う!落とす気だ!」

「なに!」


 ケイトの声で上空を注視すれば黒い点が迫ってきているように見えた。目の錯覚ではない?本当に落ちてきているのか?


 いや、迷うな!ケイトが言うように上空から落としたのならばまだ死んでいない!助ける事は出来る筈だ!


 落下地点を予測して動き出したが、落下スピードの方が早い! まだだ!限界を超えろ!救ってみせろ!

 足に力を込めて地面を強く蹴る。間に合う!


 そう確信しながら落下地点へと足を進めるオレの目の前で部下が屋根に直撃した。


 ───風によって軌道がズレた?


 かなりの衝撃だったのだろう。屋根に直撃したその体は血肉を撒き散らかしながらオレたちの近くに、跳ねて落ちてきた。原型を留めない部下の姿に過去のトラウマが蘇るようだった。
















『ノートンならきっと、この国の希望の光になれるよ』


 ───目の前に転がる死体を見て、亡くなった兄上の言葉が脳裏に過ぎった。

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