───また躱された。
オレの振るった剣をケイトが僅かな動きで躱し、攻撃のタイミングに合わせてこちらに向かって剣の一撃を放ってきた。
その一振からも日頃の鍛錬の積み重ねが伝わってくる。だが、まだ甘い。
オレの攻撃を躱す技術、そして観察眼は目を引くものがあるが、剣の腕⋯⋯その一点に関しては言ってしまえばオレの部隊の一般兵にすら劣る。
最もオレの部隊は国中の兵から選りすぐりの実力者を集めて、国の守護を目的として結成された。国の精兵と比べるのは酷とも言えるが、オレの友になろうと言うのであれば凡庸であっては困る。
迫ってくる剣を素早く戻した木剣で受け止め、力任せに跳ね返す。多少体勢を崩しながらも再び剣を構えるケイトの口から悔しげに声が漏れた。
悔しいかケイト。そうだ、これがオレとお前の実力の差だ。お前がどれだけの努力を積み重ねてきたかは剣を通して伝わってくる。強くなりたい、その一心で剣を振ってきたんだろう。
その志の高さは素晴らしいの一言に尽きる。だが、まだ足りない。
ケイト⋯⋯お前が努力をしていたようにオレもまた、いやお前以上努力をしてきた。鍛錬に費やす時間もケイトより遥かに多い自負がある。なぁケイト、お前はいつから剣を持っていた? オレは四歳の時だ。
父上は王族であるお前は剣を持つ必要はないと止めていたが、オレは
オレの剣は『ローデンブルク』最強の騎士であるギルバートによって磨き抜かれたモノだ。幼少の頃から、何度も血反吐を吐きながら鍛錬を続けてきた。
オレがお前の努力を剣から感じたように、お前もまたオレの剣を通してオレの努力を感じ取れただろう。理解しただろう!お前の努力はオレよりも劣る!才能もオレの方が上だ!
それでもオレに並び立つと言うか!
「まだ、まだだぁぁぁ!」
剣を低く構えて突進してくるケイトに応戦するように剣を振るう。オレもまた、ケイトの動きを観察し続けてきた。気付いているか?最小限の動きで効率的に攻撃を躱しているつもりのようだが、一つ致命的な欠点がある事を!
「甘いぞケイト!」
お前の剣は常に受け身だ。攻撃に転じるよりも避ける事を優先する癖がある。剣を持つ右手に向けて一閃すれば、オレの剣から逃れるように後ろに跳ぶ。
あえて追撃はしない。再び仕掛けてきたケイトに対して、同じように攻撃を入れればやはり回避を優先した。
剣で受けようとしないのはオレとケイトの間に埋めようのない
なら剣の技術は多少身についても肉体までは間に合わないのは仕方ない。言ってしまえばオレとケイトの間にある力の差は、意欲の差。
幼少の頃より強くなりたい、ギルバートを超える剣士になりたいと渇望したオレと違い、お前は目標を持たずに剣を振るっていたと見える。その差だ。
オレと同じように幼少の頃からしっかりと鍛錬を積んでいればもう少しマシな戦いになったかも知れない。オレの剣を受け止める事が出来る⋯⋯それだけで結果は変わっていただろう。
筋力の差が明確にある以上ケイトは剣で受ける事をせず、回避を優先する。そうなればお前が取れる択は限られていく。
「ここだ!」
オレの剣を躱す為に距離を取ったケイトを見て、すかさず踏み込むと共に剣を振るう。何度か繰り広げた攻防だ。オレがこのタイミングで踏み込む事も分かっていただろう。
ケイトがオレの一撃を読んでカウンターを入れようと動いているのが手に取るように分かる。狙いは足か。だから甘いと言うんだケイト!
誘いとして振るった剣の一振はケイトの頭上を通り過ぎる。攻撃を躱したと判断したケイトが、オレの左足を狙って剣を振るった。
「───っ!」
攻撃が読めていれば対処は容易い。特に力の差がある戦いで先まで読めてしまえば、幕引きまで一瞬だ。
剣の軌道とスピードは読み切った。今度は回避させない! 足を狙って振るわれたケイトの剣を足を使い上から踏み付けて抑え込む。曲芸に近い業だな。ギルバートが見れば苦言を呈す事だろう。
あえてこの手段を選んだのは、ケイトの思考を一瞬止める為だ。回避や防御は予想出来ていただろう。だが、こうやって押さえ付けられるとは想像すらできまい!
「終わりだ!」
勝負を付ける為に剣を振るう。この一撃を躱す為に距離を取るか? その為には剣を捨てなくてはならないぞ。そうなればどちらが有利になるか分からないほど愚かではないだろう。
時に負けを認める潔さも必要だ。剣を捨て回避しろ、そして降参しろ。それがお前が取れる最良の択だ。
負けた事を悔やむ事はない。オレとお前ではそれだけ大きな力の差があった。それでも目を見張るモノがあったのは確かだ。
ケイトの実力はオレの友となり得るに不足している。だが、アレクセイの『伴』───従者としてなら十分だ。この敗北を糧に強くなれケイト!
鍛錬を重ねオレにその剣が届いた時、その時はもう一度試してやろう。
───当たると確信した剣の一撃。
「なにっ!」
躱された。いやそれだけじゃない。一瞬にして距離を詰められた。いつ剣を手放した?いつオレの攻撃を躱した? なんでオレと肉薄している?
思考が纏まらない。迫ってくるケイトの拳に対応が間に合わない。
「ぐっ───」
───左頬に強い衝撃と痛みが走る。
殴られたのか? 脳が遅れて状況を把握した。思っていた以上に重たい拳だった。
今同じ攻撃を受けたら不味い!視界の端で追撃を仕掛けるケイトの姿が映り、地面を強く蹴り距離を取る事を選ぶ。ケイトの拳が微かに頬を掠めたが直撃はしなかった。
ケイトの動きに注意を払いながら距離を取る。幸いというべきか、地面に落ちた木剣を拾う事を優先したらしく追撃はなかった。お陰で考える時間が出来た訳だ。
「⋯⋯⋯⋯」
何が起きた?オレは一瞬たりともケイトから視線を外していなかった。避ける動作も視認出来ず剣を捨てた事も気付けないなんて事があるのか?
今の一撃だけじゃない。オレに最初の一撃を入れてきた時⋯⋯あの時も急にケイトが加速した。距離は十分にあった。当たるはずがないと確信していた膝蹴りが気付いた時には腹部に直撃していた。その時は反射的に半歩後ろに下がる事で、モロに食らわずに済んだ。
警戒はしていたつもりだったが、勝利が見えて気が緩んだか?オレもまだまだだな。
「ふぅ⋯⋯」
一息吐く。殴られた時に口の中を噛んだらしく、痛みが走ったが気にする余裕はない。ケイトが使うあの技は何だ?武術、剣術、ギルバートから指導を受けて学んできたつもりだがあんな風に加速する技術は見た事も体験した事もない。ギルバートなら分かるだろうか?
───ケイトが動いたのが分かった。ザッと地面を踏み込む音と共に離れていた距離を瞬く間に詰めてきた。
頭は既に冷静だ。ケイトの一挙手一投足見逃さずに迎え撃つ。横の振り、縦振り、足の蹴り、視線でフェイントを入れてからの突き。
全て目で追えている。さっきのように加速する気配はない。もしかして、何時でも使える技術ではないのか?
出し惜しみするような技ではないだろう。オレはあの速度に対応出来ていないんだ、畳み掛けるように使えばオレを倒す事も出来た筈。
だとすれば体にかかる負荷が大きい、あるいは何らかの条件が揃わなければ使えないかのどっちかだろう。前者なら多様しない理由としては納得出来るが、後者となると条件は分からないな。
「強いな君は」
「お前こそ!」
嘘偽りのない本心だ。
剣の腕、身体能力、実戦経験、そして観察眼。全てにおいてオレが上回っている筈だった。にも関わらずオレはケイトに一撃も加える事が出来ず、逆にオレはケイトから二度も攻撃を受けた。
流石に認めざる得ない。彼は強い。だからこそ、オレも全力で応戦しよう。勝利をもぎ取る為にオレの全てを尽くす。
それでも負けたのならばその時は素直に認めるべきだ。
───ケイトはオレの友だと。
「なんだ今の音は?」
「ん?」
戦いが始まってから半刻は経過しただろうか。五分の勝負と言いたいところだが、オレが少しばかり押されている。
このままだと不味いなと、心中で思った時だ。不意に建物が倒壊する大きな音が耳に入った。遅れて悲鳴が聞こえた。一人じゃない多くの民の声だ。
「悲鳴?」
先程まで剣を交えていたケイトが、不思議そうに立ち尽くしている。いや、今はそれところではない。
「この騒ぎはなんだ!」
戦いを中断し、オレとケイトの手合わせを見守っていた兵に何が起きているのか確認してくるように命令を下す。胸騒ぎがする。この直感に従うのであれば、只事ではないな。
走り去っていく兵を視認しながら非常時に備えて、修練場の棚に預けていたロングソードを腰に差す。木剣でどうにかなる状況ではないのは、あの倒壊音から予測できる。鍛錬道具である木剣を棚に預け、戦いに備えろと待機している兵に告げると慌ただしく動き出す。
───手合わせは中止だな。
ケイトとの戦いに決着をつける事が出来なかった事は名残惜しいが、王子として優先すべきは私情ではない。
状況の変化についていけていないケイトの元へと歩み寄り、彼に声をかける。
「ケイト」
「何が起きたんだ?」
現場を確認に向かった兵はまだ帰ってきていないが、何が起こったか想像につく。モンスターだ。また王都をモンスターが攻めてきた。オレの直感がそう言っている。
「どうやらモンスターが王都を攻めてきたらしい。オレから申し出ておいて申し訳ないが、手合わせは中断だ」
「いや、それ所じゃないのは分かるって!手合わせはどうでもいいよ。モンスターの襲撃に合ってるんだろ?俺にも協力させてくれ!」
───彼の強さは既にオレも認めるものだ。本来ならオレから助力を請うつもりだった。まさかケイトから申し出てくれるとは⋯⋯。胸が少し熱くなる。
「本当にすまない。それと、ありがとう」
「お礼なんていいよ!一緒に王都を護ろう!」
「あぁ!共に闘おう!」
今、確信を持てる。オレはケイトと友になった!!!