───彼は一体何者なんだ?
交差する木剣越しに映る彼の事がオレはまだ理解出来ていなかった。ローデンブルクの第一王子として、これまで多くの者と対面してきた。
言葉を交わし剣を交わし、その人物像を見極めてきたつもりだ。だからこそ解せない。特別でもない、凡庸な君がどうしてこのオレと互角に渡り合えるのか。
───『救国の王子』 ノートン・ローデンブルクの名は決して飾りではないというのに。
第一印象は何処にでもいそうな青年だった。年齢はオレに近いが特別、語る事のない凡庸な顔立ちをした田舎者育ちの平民⋯⋯少々辛辣ではあるがそれがオレの下した印象だ。
王都で見掛けたならそのまま気付かずに過ぎ去ってしまう事だろう。だからこそ、あの謁見の場において彼は浮いていた。
───平凡である筈の彼は勇者の伴として選ばれている。
あのアレクセイの伴だ! 手合わせの前に言葉を交わしたが彼はその意味をきちんと理解していないようだった。
真の意味で理解しているのなら、謁見の場においてあのような質素な出で立ちで現れるべきではない。それに、主であるアレクセイを貶すような発言もしていた。
アレクセイが許していたのだとしても、従者としてあるべき姿からかけ離れている。立場を弁えない尊大な言動を二度と出来ないように、アレクセイに代わって躾をしてやろうと手合わせを申し出た。
越権行為である事はゆめゆめ承知している。それでも、アレクセイの───勇者の名を落とすような行いを許す訳にはいかなかった。
遠く離れたオレの国にまで勇名を馳せる男、
勇者アレクセイ。彼の存在は既になくてはならないモノにはまで達している。
魔王が率いるモンスターたちが突如として現れた事で大陸全土が未曾有の恐怖と混乱に陥った。それは我が国も同じだ。
『神聖女神教』の語る神の祝福とやらを受ける前に、手も足も出ずに我が国は一度モンスターに敗北している。本来ならば敗れた我々はモンスターに蹂躙され、滅亡の一途を辿る筈だった。何の気まぐれかモンスターたちは、国を護る騎士団を壊滅させた後王都で一通り暴れると、逃げるように姿を消した。
助かったと安堵する間もなかったな。
我が国自慢の騎士団は敗れ、多くの怪我人が出た。それは騎士や兵士だけではない、国民の多くが逃げるのも間に合わずモンスターに襲われた。重傷者の数は数え切れない程だった。
だが、予想に反して死者は極わずかだった。まるでモンスターか選別して殺したような不気味さを感じたな。
一度目の襲撃は国の敗北と国民たちに恐怖を植え付ける結果で終わった。
二度目の襲撃は魔王が女神と共に封印されて直ぐだった。一度目の襲撃の際と同じモンスターの大群が再び我が国を攻めてくる光景に国中は大混乱に陥った。
怪我を負っていた筈の国民全員の傷が癒えた事による騒ぎすら、掻き消してしまう恐怖の襲来。どんな時でも威風堂々と変わらぬ姿を見せる
あの時の事を思い出すと愚かな事をしたと深く反省する自分がいる一方で、あれしか混乱を治める術はなかったと己の蛮行を正当化しようとする自分がいる。
後日ギルバートに説教された事を考えれば前者が正しいのは確かだろう。
───正直に言ってあの時の蛮行は博打に等しい行いだった。
行動に至ったきっかけは単純なもので、ただ何となく何時もより体の調子が良いと感じていた。それに比例するように気持ちも向上していたのは確かだ。
何の確証もないただの己の直感に従って体は動いた。
後にギルバートに説明して拳骨を食らうくらいには、浅はかな理由だ。そんな理由でオレは騎士と共に兵士を率いてモンスターの大群と戦った。
結果論でしかないが、オレの直感は正しかった。一度は逃げるしか出来なかったモンスターを相手にオレの剣は、奴らの強靭な皮膚を切り裂き勝利を齎した。
オレだけではない。オレを信じて付いて来てくれた騎士や兵士のお陰だと断言できる。彼らの尽力もあり国に迫る危機をオレたちは払い除ける事ができた。
モンスターを倒し凱旋したオレたちを民たちが迎えてくれたが、まだ顔に恐怖が浮かんでいるようだった。だからこそオレは宣言した。王族として民を導く立場であるからこそ、しなければいけないと思った。
『一度は敗れた。だが、二度目はないとここに証明したい!オレはこの国を愛している!この国の民を愛している!だからこそ、ここに誓おう!例え今日のように脅威が迫ってこようとも!オレが必ず護り抜く!我が国を護ってみせると宣言する!!』
───その日は国中が湧いた。
根付いていたモンスターへの恐怖、騎士団に対する不信を打ち払うように
オレの事を『救国の王子』と称え、賞賛の声を投げる国民に恐怖の色はなかった。
パレードが終わった後に父上を始めとする家族にはこっぴどく叱られたな。王族が、次期国王であるお前が最前線に立つとは何事かと。
あの日をきっかけにオレが目指すべき道がハッキリと映ったのだから。
───アレクセイの名前を聞いたのは二度目のモンスター襲撃から一月が経過した頃だ。
やり手である
もっと効力を発揮したのは父上曰く『救国の王子』であるオレの存在だそうだ。
やはりというべきか、モンスターの大群を撃退した功績は大きいらしい。
そして、次点で役立った情報というのは女神による祝福や、予言などではなく───新たに誕生した救世の英雄。勇者の誕生である。
この噂を広めた神聖女神教の信徒曰く、女神様に導かれアレクセイは聖剣を手にし勇者となった。
この世界を魔王の魔の手から救い、世界を守護する救世主が誕生したのだと興奮した様子で語っていたな。正直、眉唾物の話だった。
たった一人でオレたちが相手をしたようなモンスターの大群を殲滅させたとか、国の窮地を一人で救ったとか、人間が出来る範疇を超えている与太話だ。
それでも熱心にその噂を広めるのはモンスターの恐怖を忘れる為の偶像を信徒や民が欲しているからだと考えた。
オレの考えが間違えていたと気付いたのは、アレクセイが我が国に訪れた際にその姿を見た時だ。
───輝いて見えた。
魔王と激闘を繰り広げ封印されていった女神のように、この世界の
アレクセイをそういう特別な存在なのだと、一目で理解した。信徒たちはアレクセイに希望を見出したのだと理解した。確かにそうだ。彼なら世界を救ってくれる。そう思えるだけの強さだった。
───完敗だった。
師であるギルバートを除けばこの国でオレに勝てる者はいない。あの時国を襲ったモンスターですら今なら容易く対処できる。
慢心していたと言っていい。だからこそ込み上げてくる好奇心に任せ、オレはアレクセイと手合わせを行い、一太刀で敗北した。
世界は広いと地面に倒れたオレに手を差し伸べてくるアレクセイを見て思ったものだ。
王族という生まれ、剣の才能、そして『救国の王子』という異名。自分が特別だとずっと思っていた。慢心していた。自惚れていた。高くなった鼻をポキリと折られたような気分だった。
にも関わらず不思議と悪い気分ではなかった。アレクセイとの出会いはそれだけオレにとって衝撃だった。
───彼と友になりたいと、渇望した。
初めて自分以上に特別な存在と出会った。オレと同じ道を、いや!それ以上の道を歩き続けるアレクセイとならオレももっと高みにいける。オレはずっと欲していた。対等な立場で共に高め合える関係を!友という存在を!
そんなオレの想いとは裏腹に神聖女神教の命でこの国に立ち寄っていたアレクセイは先を急ぐらしく、僅か二日の滞在時間で王都を後にした。
このままではアレクセイと親しくなれないままに終わる。それが嫌で、アレクセイが我が国に訪れた理由でもある『聖女』と共に国を立つ前に顔を見せて欲しいと父上経由でお願いした。
二つ返事で了承してくれたアレクセイは数日後、有言実行と言わんばかりに聖女を伴って謁見の間に姿を表した。
正直に言ってオレは聖女などどうでも良かった。気に食わなったのはアレクセイに『伴』と紹介されたあの男!
間違っても『友』ではない筈だ。こんな平凡な男がオレよりも特別な存在であるアレクセイの『友』であっていい筈がない!
───勝てると思った。
一目で平凡と分かるこの男は、その強さも突出したものはないと判断できた。何故『伴』に選ばれたのか、不思議なくらい弱い⋯⋯筈だった。
防戦一方で避ける事しか出来ない腰抜け、そう思っていたのに!
「ぐっ───!」
何故、オレが先に一撃を受けている!なんなんだこの男!読めない。アレクセイ以上に何も読めない。
「何者だ、君は」
腹部に走る痛みに耐えながら発した言葉は普段よりも小さいものだった。オレの言葉を受けてアレクセイの『伴』が笑う。
「俺はケイト。ただのケイトだ。アンタみたいに『救国の王子』でもなければ、アレクセイのような『勇者』でもない。そこら辺にいる村人Aに過ぎない⋯⋯今はな!」
───彼を平凡な存在だと下に見た自分を恥よう。
「そうか⋯⋯君もまた、道を歩む者という事か」
君もまた、同じ高みを目指すのであれば見せてくれ!アレクセイのように、オレを超える特別になり得るのだと!
───オレの友になる資格があると、証明してくれ!