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第三十四 出来レース

『フハハハ!勇者の力とはその程度のものか!?足りぬぞ!もっと足掻いてみせろ人間!!』


 ケイトとノートンの二人の元へワイバーンを向かわせている最中にも、シスの状況がこちらに伝わってくる。アレクセイの動向を常に把握しておきたいから、シスと場面共有しているのだけどあっちは楽しそうね。

 ワイバーンを巧みに操ってアレクセイを相手に一方的に仕掛けている。能力だけで言えばアレクセイの方が圧倒的に上だけど、地形や状況を上手く活用しているわね。大変よね、勇者となると護らないといけないものは多いもの。


 この様子ならシスが操るワイバーンが早々に倒されるような事態にはならないわ。私が懸念している試練の最中にアレクセイが乱入してくるような事態にはならない筈。

 でも、逆もまた然り。アレクセイが乱入しなくても二人がアレクセイの戦いに乱入する可能性もある。

 悠長に見ていないで私も動こうかしら。先ずは二人の前にワイバーンの姿を現す。そうする事でアレクセイとの合流を阻止しましょう。


「こっちだ!」

「分かった!」


 修練所を出たケイトはノートンの案内で大通りを走っている。騒動の中心地に向かっているのね。その歩みを止める為にワイバーンを動かして奇襲を行う。


「なっ───!!」

「⋯⋯ドラゴンだと!!」


 二人が避けられるように咆哮して存在をアピールするのも忘れない。完全な奇襲になると避けれない可能性もあるのよねー。

 竜種の中では弱い分類に入るとはいえ、スピードはトップクラス。無防備な状態でワイバーンの奇襲を受ければタダではすまないわ。


 二人ともワイバーンの咆哮に反応し、その姿を視認すると共に回避行動を取る。ノートンはともかく、ケイトの状況判断能力が上がっているのを実感出来ていいわね。

 ワイバーンの動きを予測出来ている証拠よ。


 けど、二人に付いて来ている兵士たちは急な事態に反応出来ていないわ。護らなくていいの、ノートン?貴方の大事な部下が目の前で亡くなっちゃうわよ。


「へっ?」


 回避行動を取ったケイトたちに足を止めた兵士の一人にワイバーンが襲いかかる。と言ってもワイバーンの攻撃手段は限られるわ。

 速さを追求したせいでワイバーンは他の竜種よりも体格は細く肉も少ない。貧相とは言わないけど、竜種の中では体型はスマートな方⋯⋯トップスピードでタックルすればかなりの威力になるでしょうけど、反動を受け切れるほどの肉体を持ち合わせていない。

 諸刃の剣に等しいわ。やるとしたら最後の最後。


 一応竜種らしくブレスも吐けるけど、今の軌道上だと他の兵士にまで巻き添えがいってしまうわ。

 足による攻撃でもいいけど、二人がどう動くか確認したいし⋯⋯落としちゃおっか!


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 呆気に取られている兵士の肩を鋭い爪の生えた足で、がっしりと掴み上空へと連れ去っていく。


「しまった!!」


 ワイバーンによって連れ去れ去られていく兵士を見てノートンが叫び、動こうとするけど、遅い遅い!攻撃性能は低い代わりにスピードだけはあるのよ!

 万全の体制ならともかく、回避の為に動いた後では間に合わないわ。ノートンが剣を抜いている間に兵士を捕まえているワイバーンは高度500メートルまで浮上。


 降下する勢いで地面に叩き付けてもいいのだけど、それだと怖すぎるわよね。だから分かりやすく、かつワイバーンが何をしようとしているかイメージしやすい行動、その場で兵士を解放するだけにしておくわ。

 パッとワイバーンが足を離すと、悲鳴を上げる兵士が猛スピードで落下していく。


「あ⋯⋯」




 ───ベチャッと兵士が地面に衝突し、赤い染みを広がっていく。




 思っていた以上に落下スピードが早かったわ。ケイトもノートンも助けようと動いていたけど、流石に間に合わなったみたいね。

 ワイバーンが兵士を離して、上空から落ちてきている事に気付いたケイトは時を止めてまで、兵士を救おうとした。ノートンも同じ⋯⋯彼はいい所までいったわ。限界を超える力で落下地点まで一直線に駆けた。

 けど、運が悪い事に風によって軌道がそれた兵士は落下地点である地面ではなく、屋根にぶつかり即死。屋根にぶつかった衝撃で跳ねた死体が二人の目の前に転がった訳ね⋯⋯。

 臓器やら肉やら色々と飛び散ってぐっちゃぐちゃね。近くにいた二人に返り血が跳ねて、鎧やら衣服を赤く染まっている。


「くそっ!!!」


 拳を握りしめて悔しそうに叫ぶノートンと。


「⋯⋯おぇ⋯⋯」


 目の前で起きたショッキングな光景に口元を抑えるケイト。


 同じ英雄候補とはいえ、反応はまるで違う。ケイトの精神面が弱い訳ではないわ。単純に場数が違うだけ。

 第一王子として兵士を率いてこれまで魔物や賊たちと戦ってきたノートンは人の死にも慣れている。


 対してケイトはその手で獣や魔物を殺めた事はあっても、人を殺した事もなければ死ぬ瞬間をその目で見た事はない。

 その所為で死に向き合う覚悟が出来ていない。でも、初めてその目で見る病死や老衰以外の人の死がコレだと仕方ない気もするわね。


『流石は勇者と褒めてやろう!自身の傷付く事を厭わず弱き者を救う!その信念は勇者に相応しいものだ!だが、時には見捨てる事も重要と心得よ!』


 シスの高笑いが別の場所で響いている中、形状の変わったかつての部下を見てノートンが拳を強く握りしめるのが見えた。

 後悔⋯⋯それに自身に対する怒りね。ノートンは大切な部下を助ける事が出来なかった事を悔いている。それ以上に、初めて見るワイバーン強敵に億してしまった自分に対して怒っているのね。


 億してしまったから初動が遅れた。億していなければ部下を救う事が出来たと本気で思っている。


 うーん?多分無理じゃないかしら? 私が思っていた以上に落下スピードが早かったし、人間クラスの質量があの速度で落ちたら英雄候補とはいえ、救う事は出来ないわ。魔法が使えるならともかく、体一つだと受け止めるしか選択肢はないわよね?

 ノートンも一緒に地面の染みになっていた可能性が高いと思うわ。動こうとしたらしたで、ノートンが死なないように干渉していたのだけど。


 それにしても本当に部下思いね。でも、今貴方の目の前で爆散して死んだのはじゃないのよ?

 死んだのは試練の為に貴方の部下に紛れさせた人間モドキ。ワイバーンに空中から落とされる為だけに生み出された舞台装置に過ぎない。

 二人の試練の為とはいえ不用意に定命の者を殺める訳にはいかないもの。


「ふふ」


 ───空気を呼んで上空で待機させていたワイバーンをゆっくりと、ケイトたちの前へと降下させる。


「貴様だけは!!」


 二人の前に降りてきたワイバーンの姿を視認した瞬間にノートンが切りかかろうとしたけど、意外な事にケイトが止めた。

 人の死を目の前で見た衝撃で、暫くは動けないと予想していたのだけど⋯⋯やっぱり心は強いわね。吐きそうな顔は変わらないのだけど、怒りや殺意といった感情のままに動こうとするノートンの腕を掴み、やめておけと言わんばかりに首を横に振っている。


「その手を離せ!オレは部下の仇を取らなければならない!」

「なら冷静になれよ!部下の仇を取りたい気持ちは分かる!けど!目の前の相手はその想いだけで勝てるほど、甘くないだろ!?」


 観察眼が優れているからこそ目の前のモンスターの脅威がケイトには分かっている。彼がこれまで倒してきたモンスターは、『フラスコ』の定命の者のレベルに合わせて強さを落としたモノたち。ワイバーンは竜種の中では弱いとはいえ、モンスターの中では真ん中くらいに位置するわ。

 今の二人ではまだ勝つのは難しい相手。


 怒りで冷静な判断が出来ない状態なら尚更ね。ケイトが止めなければ手痛い反撃を喰らうところだったわよ? 私が操っているとはいえ、流石にそのままやられる訳にはいかないもの。

 反撃となると、ブレスにはなるわね。竜種と戦うのは初めてでしょ?そうなるとブレス攻撃があるなんてこの世界の定命の者では思い浮かばないわ。

 モロに食らって戦線から離脱する事になる。ノートンの攻撃を反撃しないで避ければいいだけの話なんだけど⋯⋯。


 で、二人が熱いやり取りをしているのは結構なのだけど、敵が目の前にいるのに悠長にしていていいの?

 今回は私が操っているから空気を読んで襲っていないのだけど、普通のモンスターだったから貴方たちの会話のやり取りの最中でも攻撃しているわよ?

 まだ兵士たちの方がワイバーンを警戒していないかしら?仕方ないわね。出来る女の私は二人の会話が終わるのを待ってあげるわ。


「すまない頭に血が上っていた」

「なら今は冷静だな!それじゃあ、二人で力を合わせて敵討ちといこうぜ!」

「二人じゃないさ」

「ん?」

「オレの部下たちもいる。彼らは仲間の死に怯える弱者ではなく、共に戦える勇者たちだ!いくぞ!攻撃開始!!」


 ノートンの号令に兵士一斉に動き出す。その様子を見てケイトは慌ててデュランダルを召喚していたわね。

 動き出した兵士たちを牽制するようにワイバーンに咆哮を上げさせる。けど、二人のやり取りに勇気付けられたのか最初ほど怯んでいないわ。


「それじゃあ戦闘開始ね」



 ───最もそれから繰り広げられた戦いは元私が手心を加えたものだったのもあり、ケイトたちの優勢で事が進んだ。

 本気で操れば彼らが手出しできない高度からブレスで一方的に攻撃する事も出来るけど、それをしたら戦いにならないからわざわざ二人の剣が届く低空飛行で戦ってあげたわ。


 私が手加減していたのもあるけど、二人で協力してワイバーンを倒し切ったのは褒めてあげる。特にケイトね。

 空を自由に飛行するワイバーンの動きを抑制する為に翼を切ったのはナイスよ。私もデュランダルを投げるとは思わなかったから回避が間に合わなかった。何時でも収納出来て、何時でも手元に召喚出来るデュランダルだからこそ出来る芸当ね!


 試練とはいえ出来レース。二人の魂の成長は微々たるもの。けど、それ以上に二人の間に得たものは多い。

 この友情はきっと、この先のイベントに役立つわ。


『フハハハハハ!その程度か!勇者!』


 まだそっちは終わってなかったのね。面倒だからアレクセイに加勢してさっさと終わらせてきなさいライアー。

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