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第46話:合宿と院天堂杯

「センコーの金で食うアイスはうめぇなぁ」


 夏休みでも昼過ぎまでは開けてくれているありがたい購買から各々が好きなアイスを選んで俺の財布を軽くしていった。


 みんなが多少気を使って百円くらいの安いヤツにしてくれているというのに、獅子堂だけは遠慮なんざ微塵もなく、ハーゲンダッ○のバーのヤツにしようとしてやがった。


 おまえ調子乗んじゃねぇとチョップをかましてやった。


「この暑い時期はホンマにアイスが沁みるなぁ」


 日陰にあるベンチに、四人が少しだけ間を開けながら座る。近すぎると暑いというのもあるが、剣道部員なら竹刀袋を立て掛けるスペースが欲しいからだ。


 俺が言うまでもなく、全員竹刀を持ち帰るつもりらしい。良い心掛けだ。家でも振ろうという気概を感じられる。顧問としては嬉しい限りだ。


 しかし、その中でも雅坂は防具まで持って帰ろうとしていた。


「雅坂、家でも稽古をするのか?」

「あ、はいっ! 近くに道場がありますので……たまに」


 すごいな。熱量が段違いだ。だが、気持ちは分かる。部活が終わった後でも地元の道場とかに行って、さらに稽古をしようとするんだよな。俺も高校時代よくやったもんだ。


 俺が「うんうん」と頷いていると、獅子堂がアイスを齧りながら割って入ってきた。


「おー、アタシも中学時代に稽古だけじゃなくて道場通いやってたわ。道場破りみたいでワクワクすんだよな。女だからって嘗めてるおっさんをボコボコにしたりよ」

「いちいち話が乱暴なんだよおまえは」


 コイツは全部そういう不良じみたことに結び付けないと気が済まないのか。


「しかし、全国を目指そうというのなら、やはり時間はいくらあっても足りないからな」


 そう考えると、雅坂が道場通いをしているというのは僥倖だ。通っている道場にみんなを連れていかせてもらいたい。どこの道場なんだろうか。


「なぁ、雅ざ──」


 か、と言おうとした時だった。


「ほんなら合宿しようや、合宿! 一日中みっちり稽古できるで!」


 アイスボックス(グレープフルーツ味)を口に放り込みながら、水瀬が手を挙げて発言した。

 合宿かぁ……確かに名案なんだが、


「お、確かにな! そこで地元の高校をボコしてやろうぜ!」

「だからなんでそう乱暴な発想になるんですかあなたは」


 ため息交じりに突っ込む柊。助かる。


「いいですわね。ワタクシももっと稽古をしたいと思っておりましたし……」


 雅坂も両手を合わせて肯定的な意見を述べてくれる。

 やんややんやと乗り気な女子たち。そこでこんな大人の悲しい話を持ち出すのは非常に気が引けるが、仕方ない。現実を知ってもらおう。


「盛り上がっているところ悪いが、合宿は無理だ」

「えー、なんでやーっ!」


 水瀬を筆頭に容赦ないブーイングが飛んでくる。ええい、うるさいっ!


「金だよ、金! 部費がないんだよウチは! 合宿代だってバカにならねぇんだぞ!」


 言った瞬間、「あっ……」と全員が黙ってしまう。雅坂の防具は俺のポケットマネーで買ったのだ。その時点で剣道部の部費が哀れなことを察してほしい。


「なるほど、であれば私が父に言って強制的に部費を巻き上げれば──」

「やめろやめろやめろ! 何する気だ柊おまえ!」


 真剣な表情で思案する柊に本気で焦ってストップを掛ける。

 こんなところであの理事長サマに借りを作りたくねぇ。っていうか実の父から金を巻き上げるって、どんなパワーバランスしてんだコイツの家は。


「生徒に金を出させる顧問がいるかよ」

「ですが……」


 とはいえ、合宿はいい案だと思うし、俺もぜひ取り入れたい。だが、どうしても金銭的問題が付いて回るのだ。大人になるとこういう現実が見えてきて嫌になる。


 五人目の部員と同じくどうしたものかと悩んでいると、


「ふっふっふ、そんなこともあろうかと、ウチはこんなものを用意しました」


 水瀬がニヤニヤしながら、大袈裟な動作で制服のポケットから一枚のチラシを取り出した。


「ちょうどこんなんあるって! 今朝、ウチのポストに入っててん。おもろそうやなぁって」


 水瀬の手で揺れるチラシを俺たち四人で覗き込む。


院天堂いんてんどう杯、剣道大会……優勝チームには豪華二泊三日の旅をプレゼント……」


 カラフルなデザインに、どこか南国のような風景の写真が印刷されていた。


「院天堂と言えば、有名なゲーム会社ですよね」と柊。

「ああ、ファミリー向けのゲーム機器をよく出してるよな」


 大学時代よくやったわ。


「なんか、今度出すゲームがVRとかなんとかのチャンバラゲームらしいねん。その動きのデータを撮るために剣道の大会を開くんやって」

「ほーん。VRねぇ、最近のゲームはすごい時代になってんのな」


 おっさん世代は全くついていけねぇや。


「ルールは前の大会みてぇに三人制か。五人いなくてもハンデにならねぇのもいいな! 出よーぜセンセ! アタシらで蹴散らしてやるよ! タダで二泊三日の合宿をゲットだぜ!」


 獅子堂の言を受けて「ふむ」と考える。


「そうだな……体育館みたいのが近くにあるか調べるのと、移動手段の確保さえすればその他の金は浮くのか……」


 ハッキリ言って非常に魅力的だ。試合も参加費は無料。プラスしかない話だ。


 柊と獅子堂がいれば、優勝できる可能性はぐっと上がるだろう。優勝ともなれば合宿を獲得するだけではなく、理事長からの剣道部への評価もうなぎ登りであることだって期待できる。


「よし、分かった。あとは俺の方で許可が下りるか理事長に話を通しておく」


 やったーっ! と大はしゃぎする女子たち。


「剣一先生、お父さんへの話は私が」

「ん? ああ、気持ちはありがたいが、顧問としての仕事だ。俺が言うよ。ありがとな」


 気を使ってくれた柊の提案を退ける代わりに、頭をポンポンと撫でてやる。

 柊もまた雅坂に負けず劣らず、するりとした撫で心地だった。水だって髪に浸透する前に滑り落ちるだろうよ。


「えへへ……」と頬を赤らめながら、微かに体をもじもじとさせる柊。普段の大人っぽさからは考えられないほど幼くはにかむ表情は、おっさんの俺でもクラリとくるほど可愛かった。



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