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第47話:違法賭博のウワサ

「あ、でもアタシなんか不良連中からちょっと前に噂で聞いたことあるわ」


 盛り上がっている中、獅子堂が細くなったアイスを噛みながら言い出した。


「噂、ですか?」と返すのは雅坂。


「おう、なーんか、どこのゲーセンかは知らねぇけど、こういうチャンバラゲームの賭け試合が行われてるとかなんとかって……」

「賭博ってことか?」

「っぽいんだよな。アタシも詳しくは知らねぇけど」


 うーん、校則から考えたらレッドカード一発退場、もちろん法律上もアウトなんだが、詳しいところが何も分からないのでどうすることもできない。剣道から離れていた獅子堂がそんな賭博に手を出すとは思えないし、願わくば他校の生徒でありますように……。


「……」


 しかし、一歩引くように輪から外れている雅坂の表情が、少しだけ曇っているのが見えた。


 ……なんか、五人目の部員の話をした時といい、雅坂の様子がいつもの感じから違う時があって気になるな。ここでは聞きにくい。どこかしらで機会を用意しておくか……?


 盛り上がる女子たちを見ながら考えていると、獅子堂が「あ、そだ」と手を叩き、


「なーセンセ。アタシそろそろアイス食い終わるけど、これで当たりが出たら次は帰り道にスイーツ奢れよ。外れたら今度はアタシがジュース奢ってやっから」


「は?」


 何言い出してんだコイツは。


「いいだろ? 普通に考えてセンセの方が勝率高いんだからよ」


 悪い笑顔を浮かべながら提案してくる獅子堂。明らかに怪しい……。しかし、確かにコイツの言う通り当たりの方が確率は低い。そもそも、まだアイスは残っている。棒になんて書いてるかは見えない。どういうことだ……?


 なぜか横で苦笑いしている水瀬が少し気になるが……。


「先生が生徒に奢ってもらうワケにはいかねぇ。もしも外したら数学の先生に言って、おまえ専用の課題を増やしてもらう」

「……さらりとエグいこと言ってきやがるな……」


 最近分かったが、獅子堂を大人しくさせるには課題やら勉強やらの話を持ち出すのが一番効果ある。あまりやりすぎると暴れ出すから使いどころには要注意だ。


「へ、へっ! でも勝負には乗ったな! 覚悟しろよセンセ、最近太り気味なセンセの財布をアタシたちが痩せさせてやるよ」

「その代わりにウチらが太りそうになってるねんけどな……」

「水瀬さん、スイーツは女子に必須ですから、実質カロリーゼロですよ。太りません」

「柊さん? 何言うとん?」


 時々柊の発言が壊れるのは、やはり俺のせいなのだろうか。


 夏の澄んだ青空を眺めながら涙をこらえる俺を他所に、獅子堂がアイスをパクつき、棒の表面が露出する。獅子堂がまじまじと眺め──、


「っしゃオラァ! 当たりだゴラァ! スイーツ奢れコノヤローッ!」

「はぁっ!? 嘘だろ!?」


 まるで「この紋所が目に入らぬか」と言わんばかりに突き出されたアイスの棒。確かに当たり☆と刻まれていた。そんなバカな……。どんなインチキをしたんだコイツは。俺の視界にどアップで映り込むドヤ顔がひたすらにうぜぇ。


 しかし、そのインチキの証拠がない。そもそも生徒を疑うのは教師としてどうなんだ。いや、だが、あのあからさまな笑顔は怪しすぎるだろ……。


 自分の財布を覗き込む。「センセ、俺、まだやれるぜ……」とノックアウト寸前で強がる財布の声が聞こえてきそうだ。中にいる野口 英世は双子だった。心細い。


「すごいですね、まさか本当に当てるなんて。これが獅子堂さんのここぞというところの勝負強さの秘訣でしょうか。嗅覚? 勘?」


「柊さん、良い風に捉えすぎや。シンプルに愛奈ちゃん、買う前にアイスの棒を抜き差しして当たりかチェックしとっただけやで。昔よぅやって駄菓子屋のおばちゃんに怒られとったわ」


「ああ、なんだ……がっかりです」


 柊と水瀬のやり取りは、財布の声を聞いていた俺の耳には届かなかった。


「おうみんな、スイーツ行こうぜスイーツ! 駅前の二十四時間営業のところ行くぞ!」


 獅子堂さんが拳を突き上げ、みんなを引率しようとしてくる。水瀬も柊もせっかくならばと獅子堂の勝利にあやかるようだった。お、おまえら……。


「どした雅坂! おまえも行こうぜ!」


 獅子堂が動こうとしない雅坂に声を掛けた。

 だが、雅坂は「あっ……」と少しためらう様子で、


「……魅力的なお話ですが、ワタクシこれから用事がありまして……」

「え、あ、おう……そっか」


 申し訳なさそうにしながら、雅坂が「それでは、失礼しますわ」と言って去っていった。

 気を付けてな、と言いながらその背中を見送ることしかできなかった。


「……珍しいな。アイツがセンセといられるチャンスに来ないなんて……偽物か?」

「明日雪でも降るんかな」

「大地震が起きるかもしれませんね」

「おまえらは雅坂を何だと思ってるんだ……」


 とはいえ、気持ちは分かる。確かに少し違和感がある。

 気にしすぎと思えばそうかもしれないが、稽古後の様子から気にかかることがある。


 ……まさか剣道部を辞めるとか言い出さないよな。

 一度考えだすと、負の思考が一気に押し寄せてくる。


 えぇ……? 何か稽古が嫌だったかなぁ。やっぱ夏場の暑さと臭いは初心者にはキツイものがあったかなぁ。ポケットマネーで消臭剤とか揃えておいたんだけど、気に入らなかったかなぁ……それとも髪が傷付くとかそんな感じかなぁ。雅坂はマジでいいとこのお嬢様だし、そういうケアもだいぶ気を使ってそうだよなぁ。それともご家族が辞めろって言い出したのかなぁ。ああ、もうダメだ。思考が負のスパイラルと化してやがる。


「センセッ! 行こうぜ! 雅坂にはなんか日持ちするヤツ買ってやってくれよな~」

「ああ、そうだな。行こうか」


 でも、教え子たちの前ではそんな負の思考は極力出さない。

 だって俺は大人おっさんで、教師で、コイツらの顧問だからだ。


 はぁ……大人ってだりぃなぁ。

 俺を甘えさせてくれるような、包容力溢れたお姉さまはこの世にいないのか。

 全く、現実は世知辛ぇや。


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