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第52話:路地裏の奥に映る少女

「一通り買えましたね」

「ああ。しかし、お茶菓子選びのセンスはさすがだな。めちゃくちゃ美味そうだ」

「おすすめの一品です。緑茶とよく合うんですよ」


 ミサンガを購入した後、デパートの中で本来の目的であった茶菓子を買って店舗を出た。

 袋の中の高級饅頭を見つめながら「ほー」と感心する。


 貧乏生活を続けている俺では到底触れられなさそうなシロモノだった。木箱に入ってる饅頭とか聞いたことがない。あまり和菓子に造詣はないが、それでも美味しいと確信できる。


 なんていうか、お菓子そのものからオーラが出てるんだよ。


 俺たちはそのまま通りの外れにある剣道具屋へ向かう。

 外装は木造に引き戸となかなか歴史を感じさせる見た目だった。


 竹刀や防具がずらりと並んでいる中から、あまり派手過ぎないデザインの防具を注文。

 ついでに稽古用の竹刀を三本追加で購入。テーピングなどの備品も揃えてから、大きなものは直接届けてもらうように手配して店を出た。


「あと、防具だが……、やっぱり部で防具とか道着とか統一した方がいいもんかねぇ」


 さっきもおそろいのを持つかどうかで話したワケだし。


「確かに強豪校とかは揃えていますね。ですが、あまりこだわらなくても良いのでは? また追加で購入するのはだいぶ負担が大きいですし、さすがに父も頷かなそうです」

「さすがの柊でもか」

「はい、厳しいですね。なんせ……」

「防具、高いもんな……」


 雅坂に買った防具も、福沢 諭吉でサッカーチームが組めるくらいの金額だったからだ。さらにそこから統一した防具にしようとしたら、特注になる可能性も高い。


 そうすれば値段はもっと上がるだろう。全員が同じ防具で道着というのは非常に強そうでカッコいいが、どれだけの実績を積めばあの堅物親父が首を縦に振るのか、見当もつかない。


「当分は無理か」

「そうですね。ですが、結局防具を統一しようが、道着を揃えようが、実力が変わるワケではありません。堂々とやればいいと思いますよ」

「はは、確かに。その通りだな」


 良いことを言ってくれた柊の頭を軽く撫でてやる。

 ちょっとくすぐったそうにしている笑顔が可愛かった。


 さて、ここからどうしようか。時計を見る。午後三時に近い。休憩を入れるにはちょうどいい時間か。


 しかし、生徒と教師で長くうろついているのはさすがにバツが悪い。

 陽射しも未だに厳しいし、そろそろ解散としようか──と、思っていたら。


「ん……?」


 車一台すら通れない細い路地の向こう側。繁華街に近い街並みだからこそ、綺麗な通りとは反対に治安の悪い雰囲気も混在している。まだ昼間だから露骨にキャッチとかナンパとかは目立たないが、それでもガラの悪い連中はたむろしている。


 俺が知らないだけでウチの高校の生徒もいるだろう。

 そんな不良たちが溜まり場としている繁華街の影に、ソイツはいた。


「──雅坂?」


 一瞬だけ見えた横顔。いつも道場で見ていた上品な姿とはかけ離れていた。

 どこか険しい目付きで、俺の知ってる丸い目とは全然違う。触れたら血が出る棘のような、

誰も寄せ付けない眼光。


 それでも、なぜか俺にはソイツが雅坂だと感じてしまった。

 何故、とそんな疑問が浮かんだが、俺の脳裏に火花が走る。


 理事長から渡された一人の生徒の情報。名前は確か──雅坂 蓮。


 雅坂と全く違う雰囲気なのに、どこか面影を感じさせるその姿。

 パンクという服装だろうか。薄手のジャケットをはだけさせ、肩が大胆に露出している。シ

ョートパンツから健康的な足が陽射しを跳ね返していた。


 っていうか、恐ろしいほどプロポーションがずば抜けてやがる。モデルか? 

 背が高ければ出るとこ出てるし。そんな、不良の界隈でも一際目立つスタイルと美貌を兼ね備えた少女が、路地の向こう側に消えていった。


「先生?」


 隣から柊が声を掛けてくる。その声で意識がハッとした。

 どこか心配そうに見上げてくる柊。一瞬迷った。どうする、柊に伝えるか。


 いいや、おそらくだが、昼間から向こう側でうろついているということは、雅坂姉は今や向こう側の人間に違いない。不登校の期間に染まってしまったのだろう。


 そこに柊を巻き込むのは気が引ける。何かあれば理事長になんて言われるか。


「なんでもない。ちょっと急だが、今日はここで解散としようか。柊はこのまま直接家に帰るんだ。俺は今日の荷物を持って一度学校に戻るから」

「え、」


 柊に有無を言わせない。荷物は全部俺が持っているため、そのまま踵を返して路地裏へと足を運ぶ。この先は道が入り組んでいるだろう。雅坂姉を見失わないように走っていると──、


 後ろから、俺のとは別の足音が聞こえるんだが。


「──って柊!? 何やってんだおまえ!」


 振り返れば、俺の後ろにぴったりと付いて柊も走っていた。


「帰れって言ったろ!」

「あんな風に言われて素直に帰る人はいませんよ」


 俺を見る目は、どこか怒っているようにも見えた。


「何があったんですか?」

「なんもねぇよ、俺の帰り道がこっちなんだ」

「嘘を吐かないでください」

「嘘じゃねぇよ」

「嘗めてもらっては困ります。私は部員の中で、一番あなたと過ごした時間が長いんですよ」

「──」


 咄嗟に言葉が出なかった。


「先生がああいう表情をしている時は、部員のために奔走している時なんです。分かりますよ。あなたを長く見てきたんですから」


 ああ、そういやそうだったな。

 獅子堂も、水瀬も、雅坂も今や大事な部員だが──柊はやはり最も長くかかわってきた生徒だ。そして、柊はそれ以上に俺のことを見てきたんだ。


 なら、誤魔化せると思った俺が浅はかだったか。


「……すまん、柊。俺が悪かった。ちょっと協力してくれ」

「もちろんです。私はあなたの鞘なのですよ。いつまでも共にあります」


 その発言にはどう反応したらいいか分からなくなるから困るんだが。



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