雅坂姉を追って階段を降りる。なんて書いてあるかさっぱり分からない落書きと、無秩序に貼られたビラによる前衛的な壁画が、別世界に迷い込んだのではという錯覚を呼び起こす。
少なくとも俺の知る世界ではない。それは柊や雅坂も同じだったようで、一段下るたびに緊張感が膨らんでいくのが分かった。
「扉があります」
柊が階段の先を差して言った。扉というよりもドアだった。両開きで重そうな。
重厚感あふれるデザインだが、この奥には一体何が……。
そして、雅坂姉はどこに向かったのか。それを知るべく、俺たちは頷き合ってドアを引いた。
しかし、ドアを開けたらまたドアが出てきた。二重らしい。やたらと厳重な造りだ。
今度は押すタイプだった。面倒だと思いながら壁を押すようにドアを開けると──、
光。音。光。音。
色とりどりの光線が点滅したり左右に揺れたりと、あちこちから無造作に俺たちを突き刺してくる。しかし、それ以上に聞き分けることのできない音の濁流が全身を飲み込んできた。
しかもそれは調和された音楽ではない。音の暴力だ。視界に広がる筐体から発せられる身勝手な音が重なり合い、鼓膜を麻痺させるほどの不協和音を生み出していた。
これは、この場所は……、
「ゲームセンター、ですね」
柊が俺の耳の近くで言った。やっぱり爆音に声が押しつぶされるのだろう。
「ああ、ゲームセンターだなこれは」
こんな地下に、あんな厳重なドアで仕切って? 確かに置いてある筐体はどれも地上のゲームセンターでは見かけないような、とんでもない大きさだが……、
「お姉さまは、こんなところに?」
雅坂が不安そうに俺に体を寄せてくる。周囲の人間が怖いのだろう。分かる。みんな天凛に在籍するような不良とは一線を画する雰囲気を纏っている。
何というか、陰気と負が集合している、みたいな。
天凛にいる不良は声を掛けたら殴られるような雰囲気があるが、ここの連中は……声を掛けたら刺されそうな雰囲気だった。
「雅坂姉を探そう」
音と光に惑わされて、周囲が見づらい。というか、地下の雰囲気がそもそも暗いのだ。光を強調するために敢えてやっているのだろうが、そのおかげで人の顔を認識しにくくなっている。黒を基調とした服装の雅坂姉を探すのは骨が折れそうだった。
二人から離れないようにゆっくり歩きながら、目を凝らして周囲を見る。筐体を覗くワケにもいかないしな……これを一つ一つ探すとなると気が滅入りそうだと思っていたら、
「先生、あそこ!」
雅坂にネクタイを引っ張られて視界がブレる。
咳き込みながら首を捻ると、
「……部屋に入っていく?」
ゲーセンの奥に、入り口と同じようなドアがあった。しかもガードマン付き。雅坂姉がガードマンに何かを見せて、ドアの奥に消えていく。どうやらあの奥に行くには通行証のようなものが必要らしい。
「クソ、どうする。そんな通行証みたいなモン持ってねぇぞ」
ここまでか──と思って歯噛みをしていると、
「ワタクシがなんとかしますわ」
そう言って、雅坂が俺と柊の間を割ってボディーガードの脇あたりに向かって歩いて行った。
……何をする気だ? 気のせいか、ちょっと歩き方がセクシーな感じになっているというか、歩きながら胸のボタンを一個外し──って何やってんの?
ぎょっとして目を剥いていると、雅坂が屈強なボディーガードにぶつかり、「あぁっ」と短く悲鳴を上げて転んだ。明らかに演技なのだろうが、雅坂のグラマーな体と男を惑わす妖艶な表情が演技という思考を吹っ飛ばす。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
よって、ボディーガードの男も雅坂の発する魔力に吸い寄せられてしまっていた。
すごいなアイツ。ハリウッド女優もびっくりの演技力だ。
これも幼少期から行っていた習い事の成果の一種だろうか。
雅坂が指と目線で俺たちに合図を送ってくる。「行け」ということだろう。
ボディーガードの姿勢と目線が完全に雅坂の方に向いた瞬間を狙う。ゲーセンの音が俺たちの気配を掻き消してくれた。柊といっしょにドアを押し込む。
「雅坂さんに助けられましたね」
「ああ。感謝しなきゃな。後はアイツがちゃんと来れるかどうかだが……」
ドアが閉まる。俺たちはボディーガードに見つからないよう、奥へ急ぐべきだろう。ドアが閉まるとあれだけ喧しかったゲーセンの音が一気に小さくなった。
長い廊下だった。赤い絨毯に、足元から照らしてくるライトが等間隔で配置されている。まるで奥へ誘われているようだった。雅坂姉はここを進んでいったらしい。
柊といっしょに進んでいると、背後からゲーセンの音が膨らんだ。
「先生、柊さん!」
制服を直しながら、雅坂が駆けてくる。上手くボディーガードを撒いたらしい。
「雅坂! ありがとな。おまえのおかげで通過できた」
「ありがとうございます、雅坂さん」
「お安い御用ですわ」
急ぎましょう、と雅坂に促されて奥へ走る。
奥にあるドアに手を伸ばし、一気に開け放つ──。