地下競技の参加申し込みは簡単だった。
本来ならば身分証明書や同意書などを書かされるらしいが、雅坂姉が運営に一声掛けただけであっさりと参加が認められてしまったのだ。
そのまま、俺、雅坂、柊はリング外の控室に通され、試合に参加する準備を始めていた。
「お二人とも、申し訳ございません。ワタクシの事情に巻き込んでしまい……」
用意されていたヘッドギアを装着し、ストラップを閉めていると、後ろから申し訳なさそうな声が響き渡る。振り返れば、雅坂がヘッドギアを抱えたまま俯いていた。
その表情は影が差し、瞳に気迫もない。らしくもない様子に俺と柊は思わず顔を見合わせた。柊は一つ頷くと、軽い口調で柊に話しかける。
「水臭いことはなしですよ。柊さん」
「ああ、俺も教師としての仕事をしているだけだ」
それに、と言葉を続けながら、壁に立てかけられた模造刀を持ち上げる。
「やってることはアウトだが、競技自体は面白そうだ」
どうやら、この賭けに使われている競技は
俺も初めて聞いた名前だが、最近ではこういったIT技術とスポーツが組み合わさることが多い。サッカーのVARとかがいい例だろう。
振っていた模造刀には圧力センサーが内蔵されていて、相手の体に当たったらその衝撃でセンサーが反応する。本来のルールなら一対一で行われ、頭部以外が有効の二本先取。残心とか気剣体の一致とかの概念もない。当てれば勝ちという、非常に分かりやすい競技だ。
「これなら誤審とかもなさそうだしな」
「はい、それに乱戦でも有効打撃を判定できる、という点も魅力かと。剣道では一対一が限界ですが、これなら複数人数でも対応できますし」
柊の指摘に頷いた。これは剣道とは言えないが、競技の幅を広げる面白い試みだ。もしかしたら新しいスポーツとして普及するかもしれない……つくづく違法賭博であることが惜しまれるな。
雅坂も少しだけ表情を緩め、こくん、と小さく頷いた。
「はい、確かにワタクシも面白そうだと思いますわ」
「だろ。なら折角だし、純粋に楽しもう」
俺の声に雅坂も柊も笑って頷いてくれる。少し前向きになってくれたみたいだ。俺は一つ咳払いすると、準備を進める二人に改めて告げる。
「さて、ルールのおさらいだ」
競技のルールは剣道と似ているが、大きく違うのは以下の三点だ。
三人一チームのチーム戦。全員が同時にリングへ上がる。
二本ではなく、一本制。
ヘッドギアを使うことで、頭部への打撃も有効。
大きな違いはこういったところか。
「……基本的なところで言えば、剣道の感覚がある俺たちの方が多少は有利だろうが」
「剣道の動きってみんな似ますから、予想外への対応で後れを取るかが心配ですね」
柊の口添えに同意する。
剣道の動きは長年をかけて最速と最適を追求した末に完成した動きだ。
要は、洗練されきっている。それ故に予備動作の察知や駆け引きが生まれるのだが。
俺たちはこの競技に対する感覚がない。どんな動きで打突を繰り出してくるかが未知数なのだ。打突の速度で俺たち剣道組が劣るとは思わないが、奇想天外な動きで翻弄されると弱い。
「なら、先手必勝だな。ヤツらの好きにさせる前に倒す」
「それしかありませんね」
柊はヘッドセットをつけた雅坂の髪を整える。雅坂も柊の服を整えてから振り返った。戦意に満ちた二人の視線を受け止め、俺は不敵に笑いかける。
「よし、お前たち、全力で暴れるぞ」