控室から出て、リングに上がる。瞬間、降ってきたのは歓声だ。
網膜を刺してくる強烈なスポットライトに目を細め、辺りを見渡す。観客席から見下ろしてくる観客はかなり数が多い。とんでくる声量にさらなる熱を感じる。
「さ、さっきよりも増えていませんか?」
雅坂が気圧されたように震え、辺りを見渡す――無理もない。俺も若干気圧されているくらいなのだ。平然としているのは柊くらいだろう。
彼女は模造刀を軽く振りながら、不満そうに眉を寄せて俺を見てくる。
「む、先生。今気付きましたが、この模造刀の重心の位置が気に入りません」
「……不満なら、あいつらをぶっ飛ばしてから聞いてやる」
視線を正面に向ける。そこにはすでに雅坂姉たちがリングに上がっている。
雅坂姉は欠伸をしながらリングの壁に寄りかかり、取り巻き二人が笑いながら品定めするように俺たち――いや、雅坂と柊を見てきやがる。下品な目線だ。時々二人で舌なめずりしながら何かを言い合っている。拳が出てしまいそうになるから、内容は明らかにしない方がいいだろう。
「蓮、約束通り、俺たちの好きにしていいんだよな?」
「ああ。ボクは動かない。おまえらだけで終わらせてしまえ」
さっきの試合とは違って、雅坂姉が殿だった。彼女は動かず、取り巻き二人――金髪ピアスと、色黒タトゥーの二人がへらへら笑いながら前に進み出る。
「この試合で、ボクの手を煩わせるなよ」
「りょうかーい」
「へいへい、女子高生を蹴散らして好きにできるとか最高だな」
「おまえそれどんな意味で言ってんだよ」
「あぁ? 言わなくても分かんだろ」
「ゲスヤローが」
金髪ピアスは耳障りな笑い声を上げながら模造刀を担ぎ、色黒タトゥーはやる気なさそうに模造刀をぶら下げている。明らかに舐め腐った構えであり、隙だらけだ。
……さすがに調子乗りすぎだな。
「雅坂、後ろに退いていろ」
「……はい」
自分でも分かる。内側から滲み出るイラつきが声に乗った。
雅坂はそれを察してくれたのだろう。素直に指示を聞いてくれた。
「柊、おまえは金髪を。俺はタトゥーをやる」
「分かりました」
俺と柊で前に出る。後ろを軽く見れば、雅坂が不安そうな顔をしながらこちらを見上げる。
俺が「大丈夫だ」と声を掛けようとすると、その前に柊がするりと動いていた。
「雅坂さん、大丈夫です」
柔らかくも芯のある声をかけながら、柊は雅坂の前に片膝をつき、視線を上げる。真っ直ぐな瞳で雅坂を見上げると、胸に手を当てて安心づけるように微笑みかけた。
「あなたは私が守りますから」
スポットライトが降り注ぎ、澄んだ声がリングに響き渡る。
完璧なキメ台詞だった。一瞬、観客も静まり返り、やがてわっと声が上がる――何のイベントなんだ。一体。
その騎士の言葉を受け取ったお姫様こと、雅坂はぽかんとしていたが、その頬がみるみるうちに朱に染まっていく。やがて雅坂が緩んだ口元を隠すように手で覆い、柊から視線を逸らした。
「……ワタクシ、女性に恋をしそうになったのは初めてですわ」
「おまえ、単に惚れやすいだけじゃねぇのか」
ただまぁ、今の柊はマジでイケメンだったが。
やれやれと肩を竦めながら視線を雅坂姉に戻す。彼女は面白がるような視線で俺たちを見ていたが、目が合うと唇の端を歪め、指先で挑発してくる。
ふん、と鼻で笑うと、俺は模造刀を握り直しながら告げる。
「んじゃま、やるか」
その言葉に柊と雅坂の雰囲気が切り替わる。雅坂は頷いて一歩退き、柊が俺の隣に立つ。彼女が正面に対するのは金髪男。柊はゆっくりと模造刀を右手だけで握る。
「オイオイ、なんだよその構えは!」
「あなたが知る必要はありません」
右片手上段を取る。金髪の男が舌を出しながら馬鹿にしてくるが、柊は動じない。
俺も柊の放つ覇気に倣い、いつもの中段に構える。タトゥー男は構えることもなく、鼻で笑いながら小馬鹿にしたように告げてくる。
「ようおっさん、ストレッチは大丈夫か? 足攣るなよ?」
「はは、ありがとな。大丈夫だよ」
俺はただ聞き流し、視線だけはタトゥー男から逸らさない。
柊と金髪男。俺とタトゥー男。二組が対峙して睨み合う。嗾ける観客。下品な声援。火山が噴火する直前のように、会場のボルテージが高まっていくのを感じる。
興奮を煽るように手が打ち鳴らされ、それが最高潮に向かい――。
「──始めろ」
雅坂姉が告げた瞬間、頭上でゴングが鳴り響く。
瞬間、俺と柊はほぼ同時に地を蹴っていた。
「メェェェェラァッッ!」
「ドォォォォォッッ!」
気合の叫びと共に、二つの打撃音がリング上に響き渡った。
その直後には、俺と柊は残心の姿勢で制止。その傍で二人の男は崩れ落ち、悶絶の声をこぼしている。観客席は一瞬の出来事に沈黙。それを見ていた雅坂姉はへぇ、と驚いたように目を見開き、背後の雅坂から称賛の声がこぼれる。
「瞬殺ですわ……っ」
そう、まさしく瞬殺。柊も俺も相手に付け入らせる隙を与えなかった。
柊はゴングと同時に踏み込み、目にも留まらぬ打突を放っていた。金髪男は模造刀を担いでおり、隙だらけ――そんな姿勢で反撃できるはずもない。一撃で額を打ち抜かれた。
一方でタトゥー男はぶら下げた模造刀を機敏に跳ね上げていた。だが、動きが見え見えで隙だらけ。俺は軌道を読んで躱し、そのまま抜き胴であばらを捉えた。
一泊遅れ、ブザーが二度鳴る。赤②と赤③の文字が画面に映し出された。
コイツらが来ているウェアの番号だ。俺たちの一本が認められたらしい。
本命のチームが圧倒されている光景に歓声とどよめきの混ざり合った声がリングに雪崩れ込んだ。