その、瞬間だった。
「おまえら、動くなッ!」
地下賭博場の扉が蹴り破られ、紺色の服を身に纏った複数の人たちが──って警察!?
警察官が雪崩れ込んできやがった!
「チッ……ポリかよ。なんでここが割れた?」
雅坂姉が忌々し気に舌を打ち、俺たちを睨む。
「ああ、すみません。私が通報していたんです。普通に違法賭博なので」
柊が小さく挙手をして雅坂姉の疑問に答えた。おまえかい。
「この、めんどくせぇことしやがって……」
吐き捨ててリングから脱出しようとする雅坂姉。
さすが表面上は優等生……ってちょっと待て。これ俺たちも捕まったら面倒なのでは? 参加してリングに上がっちゃってるし。
やべぇな、早く逃げないと。でも、その前に──。
「柊、雅坂を頼む!」
「! 分かりました」
雅坂を柊に任せ、俺はリングから降りた雅坂姉を追う。
突如とした国家権力の乱入に、観客が逃げ惑う。この混乱を利用するしかない。
俺たちは勝負に負けた。しかし、『姉から話を聞く』という当初の目標を捨てるワケにはいかない。でないと、こんな危ないところまでわざわざ足を運んだ甲斐がないってもんだ。
人の波に紛れようとする雅坂姉の腕を掴んだ。
「なっ……離せこのヒゲオヤジ!」
「オヤ……ッ、あのなぁ、おっさんは許すけど、オヤジは許さん! 俺ァまだ二十九だ!」
「どうでもいいし聞いてもねぇ! クソ、サッサと離せよッ!」
俺の手を振り払おうと必死になる雅坂姉だが、さすがに腕力は俺の方が上だ。
やり方としては最低だし、普通は俺が罰せられるだろう。
しかし、この状況。コイツは俺に従うしかないのだ。
「離してほしけりゃ、俺たちを安全な場所まで連れていけ」
「はぁ?」
何言ってんだこのバカ、とても言いたげな表情をする蓮。
「俺の手は振り払えない。俺は動かない。このままじゃあ捕まるなぁ。賭博にパパ活……叩けば埃しか出ねぇだろおまえ。ここで捕まったら、結果どんだけ面倒だろうな?」
「……ッ」
「ああ、ちなみに俺は問題ねぇぞ? 教育的指導で不良を注意しに来たっていう名目が立つからな。嘘じゃねぇし。おまえをどうにかしろって理事長からの指示もあるんだ。ここに俺がいる必然性は確立されてんだよ。どっちが有利で不利か、分かるよなぁ問題児?」
親の仇でも見るような目で睨んできた。
「選べよ、このまま無駄に抵抗して捕まるか、俺の指示に従って警察の手の届かない安全な場所まで逃げるか。後者なら全面的に協力してやる」
言った瞬間、ブッ、という音と同時に、顔に温かい水のようなものが飛んできた。
どうやら唾を吐きかけられたらしい。
それでも俺は、握る手を緩めなかった。
怨嗟混じりの目で俺を睨みながら、蓮が吐き捨てる。
「……マジで最低だな、このクソ野郎。女にモテねぇだろ」
「いくらでも言え。こっちもこっちで切羽詰まってんだよ。あと女関係はほっときやがれ」