自分が今、夢の中に居るってことは判っている。定期的に
夢の中の私はまだ幼く、ただ自己承認欲求を満たそうと必死になっていた。
他の夢とは比べ物にならないほど鮮明で、目覚めた後にも体にその感覚が残る。
――誰がここまでやれと言った!
「みんなより頑張ったよ。ねえ誉めてよ。あの子みたいに私を誉めてよ!」
――銀河連邦保安局や長老評議会はこの件に関して介入しないとの報告が。
――惑星文明不干渉の原則か。都合がいい。それなら我々に矛先は……。
「お願い! ねえ、みんな聞いてよ! 誰か私の言うことを聞いて! 私のせいじゃない!」
――ジェシカは帰れる所無いの? かわいそう。じゃあ私達はもう行くね。
「お願い。本当に居るなら答えてよ。ここに居るんでしょ!? 私はどこへ行けばいいの!? 助けてよ……本当に居るなら、ここに来て助けてよ!」
「……シカ……ジェシカー! こんな所で寝てると風邪ひいちゃうよ?」
「ん……あ、ああ。コイルか」
目を開けると、そこには私の膝に跨り、顔を覗き込んでいるコイルが居た。
いつの間にかパイロットシートに座ったまま寝てしまっていたようだ。
今回はコイルのおかげで最後の場面は観ずに済んだ。その為か寝覚めは凄くいい。
たぶんあの夢は、記憶洗浄で消し去れなかった記憶の断片だろう。幼い私が、銀河連邦保安局や長老評議会と関わりがあったとは思えない。ニュースか何かで観た、現在の記憶との混濁があるのかもしれない。
無限潜航からなんとか浮上出来たものの、現在地が全く分からない。完全に遭難してしまったようだ。遭難信号を出してもいいけど、来るのは銀河連邦保安局の救助船。逃げて遭難して救助されて捕まるなんて、オモシロ銀河ニュースのネタになりそうな展開は御免だ。
とりあえず全方位レーダーで周囲を探ってみた。
大小さまざまなスペースデブリが周りに漂い、ここはまさに宇宙の墓場といったところだ。目視で確認できるものは宇宙戦艦や戦闘機、スペースステーションの残骸などで、ここが昔戦場だったことが窺い知れる。爆散したであろう残骸がその場に静止している理由は、スクラップの一部から磁力パルスが発生し続けていて、それがゴミを捉えるネットの役割をしている。エネルギー源としてワード鉱石が使われているのなら、壊れたシステムと共に半永久的にパルスを出し続けるだろう。
恒星の光もセンサーで確認したが、それがどの恒星かは見当も付かない。
ただ、地球の太陽でない事は確かだ。
視界は悪いが、とりあえず目印となる星系を見つけ、航路を確定させなくてはならない。航行歴三年の勘より頼りになるのは、船に積んであるコンピューターだけだ。神様なんて、いやしないんだから。
忙しく計器をチェックする私の後ろで、コイルは相変わらずのんきなものだ。
「お星さまがあんまり見えなーい。何で進まないのー?」
「このゴミの多さじゃしょうがないよ。コンピューターが星を見つけて、その明るさで距離を測って実際の銀河星系図に当て嵌めていくんだ。まあコンピュータ任せだ。気長に待とう」
「ふーん。よくわかんない。どうでもいいから早く面白い所へ行こうよー」
「そうだな。私もさすがにこの景色は見飽きた」
私は内心焦っていた。この銀河に何通りの星の並び方があるのか見当もつかない。コンピューターが弾き出した航路を進んだとしても、それが正解だとは限らない。
心底、対話型AIを積んでいないことに安堵する。入国管理局のアンドロイドのように、不正解でも自信満々な口調だったろうな。私は心を持たない者と喧嘩をする趣味はない。
それと心配なことがもう一つ。海賊船の存在だ。
相手が何を狙うかは出くわすまで判らないけど、女の私達がタダで済まないことは確かだ。考えたくもないね。
突然、船体が大きく揺らいだ。船内に響く警告音。
モニターを確認すると、左舷に大型のマグネットハーケンが撃ち込まれていた。
「海賊⁉ クソッ! 蓄電をケチらずに常時電磁シールドを作動させておくべきだった!」
慌ててエンジンをかけたが、出力不足で船が思うように進まない。それどころか船体がずるずると左にスライドする。姿勢制御用スラスターで……。それでは意味が無い!
モニターを見ると、私の船の倍はあろうかという物体が徐々に近づいて来るのが確認できる。いや、こちらが引き寄せられているのか。
相手が海賊ならば乗り込んできたところを殺すしかない。私は腰のブラスターガンのグリップを握り締める。その時、スピーカーから年老いた男の声が聞こえてきた。
『なんじゃ、接触通信機能が生きていているじゃないか。最近掛かった遭難船か? ん? この猫のマークはもしかして……』
白く長い髭を蓄えた老人がモニターに映し出された。
私は嬉しさのあまり、それに顔を近づけて叫んだ。
「マルス! ねえ! マルスでしょ!? 助かったぁ~!」
『ぶぁっはっはっ! スクラップ釣りをしとったらジェシカが釣れよった! こりゃ愉快じゃ! それに助かったとは何じゃ。ここはお前の庭みたいな所じゃないか。遭難ごっこでもしとったのか?」
急に顔が熱くなった。何たる失態。
遭難したと思い込んでいただけで、実際は無限潜航した場所からそれほど離れていない場所に浮上したのだった。確かに、マルスが住む星の近くにはスペースデブリが存在していたはずだ。
そういえば、運び屋の師匠が「宇宙に慣れたと思っている若造が一番宇宙に惑わされる」って言ってたな。まったく……身をもって知るとは思わなかった。
コイルはモニターを覗き込み、不思議そうに聞いてきた。
「ジェシカー、このお爺ちゃん誰? 神様?」
私は断じて、神などに感謝しない。感謝しないぞ。