――惑星ラミュー。
数百年前、この宙域は星間戦争の舞台だったらしい。
小型コロニー基地や宇宙戦艦の残骸が今でも漂っていて、ラミューにはそれらを扱うジャンク屋が多く住み着いていた。
マルスという老人も、そんなジャンク屋の一人だ。七十才はゆうに越しているというのに、中古船の販売やメンテナンスを一人でこなしている。私は三年前、この《マルス商会》の通販で船を買った。それ以来、マルスには船のことで色々と世話になっている。
ラミューの環境は悪くない。地球の太陽と同等の恒星があり、その周りを約一年かけて公転する。大気も大戦前の地球とほぼ同じで、水や緑も多い。
地球からの移民が始まったのは、銀河連邦に加入した数十年前だ。それまでは銀河連邦評議会と銀河平和維持機構の定める『惑星文明不干渉の原則』によって、スターバリアで惑星情報が守られていた。
もっとも、地球人がラミューを観測できたとしても、銀河の先進技術の供与を受けていなければ、ここまで来ることはできなかっただろう。
この星に降り立つと、コイルはすぐにはしゃぎ回った。
「すごい! ここはマスク無しでも全然息苦しくないんだね! 空が青~い! どうしてこんなに青いの⁉」
「レイリー散乱で青く見えてるだけだろ」
「ねえ見てジェシカ! 川が流れてるよ!」
「惑星に水があれば川も海もあるだろ。あんまり遠くへ行くなよ。迷子になっても探さないからな」
「はーい! あ、でもでも私、ここにずっと居てもいいかもー! お魚いっぱいいそうだしー!」
いっそのこと、迷子になってくれた方が手間が省ける。
その時、マルスが声を掛けてきた。
「大変じゃのう。その年でもうお母さんか」
「馬鹿言わないでよ。私まだ十七才だし、それにあの子はまだ十一才らしいよ」
「あの子の母親はどうした?」
「ああ……あの子、孤児なんだってさ」
「ならちょうどいいじゃないか。お前が母親代わりになればよかろう。ああいう小さい子には母親……家族が必要じゃよ。年は関係ない」
母親が必要、か。
私にも必要だったのだろうか。
「母親なんて冗談じゃない。近所のお姉さんくらいなものよ。それより私の船、どれくらいで直りそう?」
「ぱっと見た所、直すのは無理じゃな」
「無理って⁉ いつもみたいに直してよ!」
「無理なものは無理じゃ。新品同様なのは……一度も使っていない光速航行用のエンジンだけじゃろう。年式も古いし、手に入るパーツは限られておる。メインエンジンだけじゃない。度重なるヴォルテックス・ドライブでフレームが歪んでもう限界じゃろう。お前、だいぶ無理して使っておったしな」
この船を手に入れてからの三年間、夢中で宇宙を飛び回った。小娘な私が広い宇宙で生きていくにはそれしかなかったんだ。そうか、この船は我武者羅な私に無理して付いてきてくれてたんだな。私はポセイドン号の船体を撫でた。
マルスが私の顔を覗き込み、自分の髭を撫でながら言った。
「中古の船。今ならお安くしとくよ?」
「思い出に浸ってんだから、薄ら笑いで商売っ気出してこないでよ……」
まったく。デリカシーの無い爺様だ。
* * *
船が壊れているならここから動くことができない。
その日から私達ふたりは、マルスの家に泊まることになった。
家と言っても木造二階建ての粗末な小屋で、周りにある膨大な数のスクラップから見れば豆粒みたいな家だ。
夕食時。コイルは泊めてくれるお礼にと、マルスの前で歌とダンスを披露した。マルスも酒が入り、ハーモニカを取り出してダンスに合わせて陽気な曲を吹く。コイルはまるで、お爺さんの家に泊まりに来た孫みたいだ。
コイルの下手なダンスとマルスのハーモニカに、私は一時だけ心を和ませていた。
コイルははしゃぎ疲れたのか、私の膝を枕にスヤスヤと寝てしまった。
まったく、幸せそうな顔をしてさ。ほんと、子猫そのものだな。
それにコイルの髪質は柔らかくて、触っていると気持ちがいい。
マルスは暖炉に薪をくべながら私に話しかけてきた。
「アニマノイドの子を連れてるってことは、何か事情があるようじゃな」
そう聞かれ、これまでの奇妙な
私はお喋りな方ではない。だけど今回は特別、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
マルスは私の話を聞き終わると、それについては何も語らずに黙って端末を取り出した。そして私の前に3Dスクリーンを展開させる。そこには高速無限潜航船の映像が浮かび上がった。
マルスは私に端末を手渡すと、長い髭をしごきながら言った。
「今ここにある中古船はバーミリオン社製モビーディック、スナップハント社製シルフィ、それと……スティングレイ。ああこれはダメじゃ。ベルリウス星までは持たぬ。それと……」
どの船も私が今まで乗っていたポセイドン号より年式が若く、パワーも段違いだ。だけどこれらは中古船と言えど値が張るものばかりで、私の予算では到底手が出ない代物だ。そしてその船を使ってベルリウス星まで行くつもりはない。
「マルス、せっかくだけど……」
「値段か? 気にするな。閉店セールじゃ。どれも半値以下でお前に譲ろう」
マルスは暖炉の火を伺いながら、話を続けた。
「別に恩を着せようとか、お前を気の毒に思っての事じゃない。ワシももう年じゃて。ここらで引退しようかと思っておったところじゃ。在庫が掃けるならそれに越したことは無い」
ポセイドン号だけじゃなく、マルスも引退するのか。
しかし渡りに船とはまさにこの事だ。私はスヤスヤと眠るコイルの頭を撫でながら、空中スクリーンを指でフリックさせて船の3D画像を見ていた。
するとあるモノに目が止まった。データを見ると、300メートル級の巨大な船。しかし船というより、船体に無数のスクラップが張り付いている物と言った方がいい。とても動く物とは思えない。これも売り物なのか?
「ああ、それか。そいつはここには無い。何せその質量の物をけん引してここまで持ってくることはできぬからの。今はこのラミュー宙域、デブリの中じゃ。それにそいつはヴァーネット社製の船でな……」
「ヴァーネット? 聞いたことが無いな」
ヴァーネット社。今は銀河のどこにも存在しない、謎多きメーカーらしい。
六百年前のケプラー11星系戦争でその名を馳せていたが、戦争終結と同時に忽然と姿を消した。当然、ヴァーネット社の製品データはすべて抹消されている。
もちろん、ラミュー宙域のデブリ内でも、この船以外に数多く存在するらしい。しかし、扱い難さと需要の無さからジャンク屋は手を付けないらしい。
「古代の超技術、アーティファクトと言えば聞こえはいい。だが、ヴァーネット社製の船は得体が知れぬし、供給パーツは銀河のどこにも無い。壊れたらそこでお終いじゃ。それにそいつは臆病での。わしは動く気の無いものを売るつもりはない。とにかく、そいつは除外してくれ」
臆病? 直る見込みがないということなら論外だ。逆を言えばそこそこ動く船なら何だっていい。別に長距離ドライブをするつもりは無いんだから。
長距離と言えば例のベルリウス星だ。一体、どんな星なんだろう。銀河の果ての有人惑星としか聞いた事がない。私も銀河を飛び回っていると自負してはいるが、訪れていない星系なんてそれこそ星の数ほどある。特にバルジの反対側へ運ぶような仕事は、今まで依頼されたことが無かった。
マルスなら何か知っているかもしれない。
「ねえマルス。ベルリウス星ってどんな所?」
「ああ、若い頃に二度その宙域を通ったことがある。商売にならない程の発展途上の惑星でな。もちろん、文明不干渉の原則によって、異星人であるわしらは接触が禁止されていた。今はどうなってることやら」
「ふーん。実際、ここからどれくらいの距離?」
マルスは3Dスクリーンに銀河系のマップを表示させ、ベルリウス星を示した。
「直線距離で約七万光年。バルジ迂回ルートを通らねばならぬから、三倍は見ておいた方がいいだろう。ヴォルテックス・ドライブを使えばトータルでの距離感はさほど無いが、エントリーポイントを上手く繋げなければ寿命がいくつあっても辿り着けんよ。あいつなら……そんなこともないんじゃがの」
「あいつ?」
マルスはそれに答えず、暖炉に薪をくべた。
ヴォルテックス・ドライブはエントリーポイントとイグジットポイントが決まっていて、亜空間のトンネルを潜れば遠く離れた場所まで短時間で行けるという仕組みだ。便利に思えるが、必ずしも目的地近くにイグジットポイントが存在するわけではない。簡単に言えば、宇宙空間に何億キロもの長く巨大な
当然、再びエントリーポイントへ行くには通常の航法で向かわねばならず、その分の時間もかかる。約二十一万光年がいくつに分割されるか。そしてその航路は? 考えようとしただけでも頭が痛くなる。マルスの言う
私はベルリウス星なんて行くつもりは無いから、どうでもいい話だ。
しかし、あの言葉を聞いたからにはどうしても考えてしまう。
――あなたにお願いしたいの、ジェシカ。
――いえ、ラピッド・キャット。あなたなら、きっと……。
<きっと>何なのだろう。頼りにされた理由が解らない。
それにあの女、やっぱりどこかで見たような気がする。
なぜコイルをそんな発展途上の惑星まで運ばせようとしたのか。
こんな普通の、アニマノイドの子供を。